健太のワイキキだよ、おっかさん!Part II

ワイキキのホテルマンによる、ハワイ情報!

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ヤケッパチの健太

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 24
 
 サンディーはリサママと健太の話し合いのことをまるで知らない。
多分今現在もこれを読まない限り知る由もない。
確かにサンディーはあらゆる可能性を秘めたスター性の有るタレント。伸びのある声、音程の正確さ、音域の広さ、聞く者の心を捉えて離さない豊かなフィーリング。それはある意味で天才と言っても良かった。健太のように骨をハワイで埋めようかなどと、志のちっぽけな奴に振り回されて一生を終わるなどの器ではない。いや、オーバーに言えばひょっとして彼女が健太と一緒にいることは、ショービジネス界の大きな損失。そんなことまで考えた。

 サンディーがオーディションとヤマハの音楽祭のため、日本に出発する日がやって来た。
「健太、すぐ帰るから待っててね!」
力強くサンディーは健太をハグしながら言った。
サンディーの目が涙目になっている。
「ああ、頑張ってね!」
健太はそう言うのがやっとだった。
何ってこった。健太まで涙がこみ上げてきた。

 サンディーは約一月戻ってこない。
かといってステージを休むわけには行かない。
その間白人の女性歌手、デビーを雇った。
彼女はまるでファッション雑誌から飛び出してきたような抜群のプロポーションにブルーの、本当にブルーの透き通った目、笑うと小さくえくぼが唇の脇に出来るキュートな女の子。
それはそれでステージ上では見栄えが良かった。
しかし困ったことに、歌がまるでだめ。音程が悪い上、フィーリングも著しく欠落している。
健太は半分やけになっていた。
<こいつと遊んでやれ!>
デビーはちょうど前の彼と別れたばかりだと言う。
そんな時の女の子はめっぽう誘惑に弱い。健太の甘いささやきにもろくもデビーは傾いてきた。
デビーのキッスはなめらかで、健太の全てを溶かしてしまいそうだった。
<へー、アメリカ人はこんなにキッスが上手なんだ!>
だけど、どんなにデビーのキッスが上手くても、デビーではサンディーの穴はとても埋められやしない。健太の心もステージも同じこと。
でもリサママとの約束がある、既にサンディーを過去のものにしなければならないのだ。

 ミミとの付き合いの中で健太がどうしても忘れられなかったものが一つあった。「韓国料理」だ。
その頃から朝食は韓国レストランに行くようになっていたのも、そんな理由からだった。
韓国料理はともすると「ぼけがち」な頭と体を、そのスパイシーな味覚でびしっと引き締めてくれる。そいつはこのハワイの気候に見事にマッチしていた。
いつの間にか健太の足は、まるでドープに惹かれたように韓国料理店に向きはじめていた。

 カピオラニ通りの24時間オープンの韓国料理「J」。
前から良く通ってはいたけど、いつの間にかそこが健太の朝食の場所になっていた。
時には常連客もデビーもバンドメンバーもいなくて、一人で行くことも有った。
店のウエイトレス、アンジは健太が行くと何時もつっけんどんにオーダーを聞いてきた。辛いキムチみたいな対応。
<店の食いもんに似合った女だ!>
そう健太はひそかに思っていた

 ある朝常連客と2人でJに行くと、帰り際にめずらしくアンジが声を掛けてきた。
「あんた、明日昼間あいてる?」
「えっ?」
「うん、実はね明日あたしの踊りの発表会が有るの。もし良かったらチケットが余まっちゃってるんだけど、買ってくれない?」
細い目がかすかに笑っているように見えた。
<めずらしく笑ってらあ、、、>
これも付き合い。そう思ってデビーの分と2枚買ってやった。

 チケットを2枚買ったのは良いけど、デビーは行けないと言う。
仕方ない、翌日健太一人でニールブレジデル・センターへ向かった。
別に予定もないので時間つぶしのつもりだった。
アンジの踊りは素晴らしかった。後で知ったことだけど、アンジは韓国で高校、大学とこの韓国の踊りをずっとやって来たと言う。
発表会が終わると真っ先にアンジは健太のところへやってきた。
「あんた、名前聞いてなかったね!」
にこりともせず言った。
「あ、俺健太。あんたはアンジだろ」
うなずいて、
「来てくれて有難う。お礼にこの後うちに遊びにおいでよ。夕食をご馳走させて!」
アンジはかすかに笑った。

 写真は、Tナイトクラブで歌う健太。

 Part II、今日は青い空と黄色い花です!

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  1. 2005/06/30(木) 14:22:19|
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「あの娘と別れなさい!」ママが厳しい顔で言った!

 健太のなちゃってサクセス・ストーリー Vol. 23
 
 サンディーは日本の歌もアメリカのヒット曲も抜群の歌唱力で何なくこなしてくれる。プラス、ハーフ独特の愛くるしいルックス。客の心をしっかりと掴んだ。
健太の思惑どうり、「新生健太バンド」はまずまずの人気でスタートした。
実はリサママは、TVバラエティーを始める時既に健太のビザを確保するために「ハワイ企画」と言う会社を設立していた。そんな訳で、健太、サンディー、トオル、ミック、ダニーの5人はそこのタレントとして登録された。

 健太はサンディーとデユエットを歌うこともあった。
サンディーはじっと健太の目を見つめて、歌の詩をあたかも健太の伝えるかのように甘く切なく歌った。
<えつ、もしかしてサンディーも健太のこと、、、、そんな馬鹿な、、、>
胸に甘ずっぱいものがこみ上げてきた。
健太は迷っていた。ほかのメンバーのことを考えると、なかなか考えが前に進まなかった。
しかし、「新生健太バンド」がスタートして2月程したあるショーのはねた朝、ココス・レストラン(現・ハードロックカフェ)で朝食を取りながら健太はサンディーに心を打ち明けた。
「サンディー、実は、、、」
サンディーは口ごもる健太にそれ以上何も言わせず、離れて座っていた間隔を詰寄って健太にぴったりと寄り添った。
「ふふ、健太、私も健太の事前から大好きだったの。分かってた癖に!」
サンディーはいたずらっぽく上目使いで見つめながら、健太の手を握って言った。

 ハワイのこの美しい自然は、二人を燃え上がらせるにはそれほど時間を必要としなかった。
若い男と女。二人の関係は誰が見ても恋人同士。

 「健太、ちょっと話があります。オフィスに来て頂戴」
言われるまま、クラブの狭いオフィスの椅子に座らされた健太。
その頃リサママは「ハワイ企画」を本気で成功させようと躍起になっていた。
ナイトクラブビジネスは所詮「水商売」、ここらでまともなビジネスが出来るなら「何とか水商売から足を洗いたい」と考えていたらしい。
サンディーのタレント性は群を抜いていた。
何といっても抜群の歌唱力、ルックス。更にバイリンガルとタレントとして非の打ち所がない。
リサママと健太が日本の芸能界のコネを互いに寄せ合って、サンディーの日本でビューを視野に入れた計画を立てていた矢先のことだ。
リサママはいつになく厳しい顔つきで言った。
「健太、わたしゃ只の男と女がくっつくことにゃ文句は言わないよ。でもね、サンディーは紛れもなくわが社の商品さ。その商品に手を付けるなんて、あんたらしくないね!」
リサママは浜っ子、その啖呵には迫力があった。
健太は何もいえなかった。
「良いかい、サンディーは今一番大切な時なんだ。近じか日本のレコード会社のオーディションも決まってるんじゃないか。そんな時あの子の気持ちをあんたがぐらつかせてどうすんだい。あんたが一番分かってることじゃないか!」
<、、、、、、>
「本気であの娘が好きなら、あの娘の将来を考えて別れなさい!」

 写真はサンディーのデビュー曲のジャケットから。

 Part I、ほやほやのハワイ情報みる?

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  1. 2005/06/29(水) 13:16:57|
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サンディー、好きです!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 22

 バラエティー・ショー「健太のホノルル6時半」はハワイで初めての試みとあってたちまち評判になった。
局の電話はクイズや賞品の問い合わせで鳴りっぱなし。しかし極小TV局では応答などではとても出来なかった。それほど人員がいないのだ。
日本に置き換えてみればこれは凄い事で、即収入につながる。しかし所詮ハワイ、内情は制作費がかかりすぎて局の厄介者だった。スポンサーが支払える金額は当時で$100単位。健太の出演料も捻出するのが甚だしく困難。
健太にとってはすぐにでも、何か確実な収入源が必要だった。

 「あのー、健太さん。僕たちをバンドで使ってくれませんか?」
ある日リサママが何処からか2人の日本の若者を連れてきた。
話を聴いてみると観光でハワイに来たけどミュージシャンとしてこっちでやって行きたいという。ちょうどその頃、Tナイト・クラブは健太たちが抜けてローカルバンドが入っていたけれど、客入りは惨憺たるもの。リサママも業を煮やしていた矢先だった。
一人はキーボード「トオル」、一人はギター「ミック」。
簡単なオーディションをしてみると2人ともかなり腕はよかった。特にギターのミックは健太より若い分センスが良かった。
<よし今回は健太はベースを弾こう!>
そう思って早速ローカルのドラマーを探した。
新聞広告で探したドラマーのダニーは沖縄の2世。日本語も片言しゃべる。
ローカルの有名バンドで長年プレーしていた彼だけど、
以前から健太のバンドで演奏したいと思っていたそうだ。
トオルとミックのビザはリサママに任せた。当時移民局も顔さえ利けばある程度の問題は解決できたんだ。

 さて今度はリサママの希望で、女の娘をシンガーとして入れなければならなかった。
女の娘の歌手なら、健太のTV番組に出てもらっていたサンディーがいる!
サンディーはスパニッシュ系のハッパ(ハーフ)。ルックスも良いし歌唱力抜群のバイリンガル。
「彼女しかいないよママ、健太のバンドで歌ってもらうのは!」
サンディーは既にハワイの歌手として第一線で活躍していたプロ中のプロ。出演料は安くはない。その辺はリサママ次第。
「サンディー、健太のバンドで歌ってくれる?」
健太はサンディーのボインに圧倒されながら、ある日キクTV局の楽屋で頼んだ。
ご存知かもしれないけど、彼女は後に大橋巨泉の11PMにカバーガールとして出演するほどのボインちゃん。
するとなんと、すんなりOKが出たじゃないか!

 万歳,「新生健太バンド」の誕生だ!

 しかしその喜びとは裏腹に、大きな心配が健太の心の中に芽生え始めた。
サンディーの女性としての魅力に、健太はすっかり虜になっていたからだ。その気持ちはTVのショーをやっていた時から少しずつ膨らみ始めていたんだ。

 写真はリバティーハウス(現・メーシーズ)のショー・ウインドウの前で、「俺の方がかっこいい」と嘯く健太(笑)。

 Part I は、ハワイの税金の話だよ!

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  1. 2005/06/28(火) 14:34:23|
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冒険に満ちた「ハワイ生活」の始まり!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.21
 
 ミミの話を聞いたら何のことはない、別れの言葉を告げに来ただけだった。
要するに、フィアンセが出来たので結婚するけど、その前に健太の気持ちを確かめておきたかった、、、てこと。
長い間会ってないんだ。健太がミミと「結婚する」なんて言う訳がない。そいつを見越しての話。なんの事あない、のろけにきゃがったのさ(笑)!

 時の経つのは実に早い。 
Tナイト・クラブの契約は更新に更新を重ねて早一年。
3回目の契約更新の時、アキが言った。
「皆、悪いけど俺はもうこれ以上ハワイにいられない、、、」
アキは長男、家族をほうってこのまま此処にいるわけは行かないって言うのさ。
またその頃には、スギとローカルの娘との結婚が決まっていた。
「俺はバンドを辞めて、旅行社で仕事がしたいんだ!」
続けてスギが言った。
その頃から少しずつ日本人の観光客がワイキキで見られるようになって、ローカルの旅行社も日本語を話す社員を募集し始めていた。
クリと健太には考えても見なかったことが起こりつつあった。

 アキはその翌月日本に帰ってしまった。
スギは結婚して旅行社に勤め始めた。
クリは暫く、リサママの好意でTナイトクラブでのビザをそのまま利用、ドラマーを探していたローカルバンドに引っ張られて行ってしまった。
完全に空中分解の健太バンド。

 途方にくれた健太はコマーシャルでヒットしたことを足場に、キクTVでバラエティー・ショーをはじめる事にした。
健太のビザはリサママがビジネスビザを確保してくれた。
しかしこれが、「健太」「クリ」「スギ」3人の、甘く切なく、冒険に満ちた本当の意味の「ハワイ生活」の始まりだったのさ。

 写真はTVバラエティー、健太のホノルル6時半の新聞広告。司会のところは健太の本名がはいている。この時のアシスタントは、今日本で有名なフラの「サンディー」さん!

 Part I、面白いから見てくれますか(笑)?


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  1. 2005/06/27(月) 07:06:55|
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あんた、お風呂屋さんだね!

 健太のなんちゃって、サクセスストーリー Vol. 20
 
「あんた、お風呂屋さんだね!」
アラモアナ・ショッピングセンター・白木屋の前でロコのおばさんに声を掛けられた。日系二世なのか日本語がハワイなまり。

 健太たちのTVコマーシャル「ペンタコン・の風呂桶」がヒットしたんだ。
それ以来、良く街で知らない人たちに声を掛けられるようになった。
Tナイト・クラブも連日大盛況。Oナイト・クラブの時のように店の前に客が入り切れず列が出来るようにまでなった。

 ある夜ミミが突然Tナイトクラブに来た。
あの時のルームメイトと一緒だった。
ミミは暫く見ない間に更に女に磨きを掛けて美しかった。グリーンのチャイナドレス。リストに幾重にも重なったハワイアンブレスレッドが時折「シャラッ、シャラッ、、、」と音をたてる。その姿はゴージャスそのもの。店内に入ってきた彼女に男の客たちの目線が集中した。
「ミミ!」
演奏が終わると、ミミの席から声が掛かっている旨ボーイが伝えてきた。
「オレガマニ・イムニダ(お久しぶりです)」
ミミが静かに言った。
ミミは英語がかなり喋れるようになっていた。健太もその頃は日常会話程度ならなんとかごまかせた。
この3年ばかりの間の出来事を、互いにかいつまんで話し合った。
話は尽きない。
ステージがはねた後、2人で朝食に行く事にした。

 イリカイ・ホテルのピアー7。
ホテルから見える少し白み掛かってきたヨットバーバーは、まだ静まり返っている。
コナ珈琲のマイルドな香りが店内いっぱいにあふれている。
ミミが突然言った。

 「ケンタ、ナハゴ、キョロンハセヨ!(健太私と結婚して!)」

写真はその頃ホノルル・アカデミー・オブ・アーツの前で。
  
 Part I、一寸見てみようか!

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  1. 2005/06/26(日) 06:29:40|
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えっ、コマーシャルに出演、ママ?

 これまでのあらすじ。
 ムービースターを夢見た健太は、「寅さん」のいる松竹映画に俳優の卵として入社。しかし、芽の出ないまま時は過ぎて行った。そこで折からのブームを背景に、撮影所内でバンドを結成。幸運にもレコード会社から声が掛かる。更に、ミュージシャンとしてのデビュー曲が大ヒット。
ヒットは願っていたものの、TV 、ラジオ、営業と生活環境の急激な変化にメンバーが空中分解寸前。おりしもハワイのクラブ出演の話が舞い込む。
全てを捨ててハワイへ渡る4人のメンバー。

 初めはがら空きだったナイト・クラブも、健太たちのローカルTV出演を期に大盛況となる。そんな折メンバーのクリが発熱、そして幽霊を見る。続いてベースのアキまでが発熱。ステージの合間にアキを見舞いに行ったメンバーが見たものは、アキを襲う幽霊の姿!
クラブの盛況はそのまま健太たちをホスト状態にする。次々に女難に会うメンバーたち。
と言って浮かれてばかりはいられなかった。ベトナム戦争は泥沼化し、その召集の手が永住権保持者さらには外国人就労者にまで伸び始めたとの情報が入る。
しかし幸いにも4人の心配をよそに、召集令状は帰国までメンバーの誰にも届かなかった。

 帰国後再出発。しかし発売されたレコードはどれもぱっとしなかった。
3枚目のワーナー・パイオニアレコードからの新曲がヒットへの兆しが見え始めた時、そのレコードでソロを取っていたクリが交通事故を起してしまい、メンバー全員に謹慎処分が下った。収入の道を絶たれた4人。
そんな時ハワイのジーミーから連絡が入った。
「健太もう一度ハワイに来てくれ!」
勇んで2度目のハワイへ向かったメンバー。
しかしそこには厳しい現実が待っていた。
以前のようにクラブは繁盛しなかったのさ。
そんな折、競争相手のTナイトクラブのリサママから、次回出演の交渉を受ける。



健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.19
 
 O・ナイト・クラブの入りは、健太たちがT・ナイト・クラブで飛び入りで歌ったから少しずつ回復し始めた。あの時Tナイト・クラブにいた元の常連が戻ってきてくれたり、その連中が新しい客を連れて来てくれたりしたのさ。
だからと言って、それは最初にハワイに来た時の混雑には遠く及ばなかった。
客に言わせるとその理由の一つは、O・ナイト・クラブにはホステスがいないからだと言う。

 Tナイトクラブのリサママは、ハワイのバー業界で長年トップを誇ってきた立志伝中の人物。夜の世界ではジミーやルースを知名度や業績面でとっくに超えていた。
「実はね、今出演しているBちゃんとローカルバンド、アラモアナに新しくできる『クラブ・S』に引き抜かれてんのよ!」
Tナイトクラブのリサ・ママは健太たちをヌアヌの豪邸に呼んで、今回の健太たちTナイトクラブ出演交渉迄の裏話をしてくれた。
「あたしゃ、負けず嫌いでね。Bちゃんたちは、私のおかげであそこまでハワイで有名になったのよ。それを今さら他のナイトクラブに行くなんて、上等じゃないの!」
歯切れのいい早口でママは言った。
「だから健太さんたち、私の力になって頂戴!」
健太たちも、前回の人気に翳りが出てきたこともあって、悔しい思いが胸のうちにあった。このリサママと協力し合えば、何とか健太たちの良さをもう一度このハワイで発揮できるような気がした。

 二度目のOナイトクラブとの契約も無事に終えて、健太達はまた一旦帰国。
それから一月後、三たびハワイに戻ってきた。

 リサママが空港でレイを持って店のナンバーワンのY子ちゃんと迎えに来てくれていた。
リサママがあの人なつっこい笑顔で言った。
「健太さんたち、疲れているでしょうけど、これからTV局へ直行するわよ!」
「えつ、もうテレビでショーをやるんですか?」
ママは白いリンカーン・コンチネンタルを運転しながら横目使いに笑顔で言った。
「それじゃいくらなんでも可愛そうだね。コマーシャルに出てもらうわ!」
「えつ、ハワイのコマーシャルに出るの!」

 写真はすっかりローカルになっちゃった健太。わー太ってる~(笑)!

 Part I、今日はワイキキ・ホテル事情 IIだよ! 


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  1. 2005/06/24(金) 14:54:13|
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4人は一瞬顔を見合わせた!

 健太のなんちゃって、サクセスストーリーVol. 18
 
 ハワイに着くと、健太は早速K子の行方を捜した。
その後K子とはフライトで日本に来た時、新宿で数回会ったきり。彼女のベースはあくまでもハワイ。やはり遠く離れていては互いの気持ちは冷めて行くばかり。ましてやミミのことがあって以来、互いに「ぎくしゃく」してしまっていた。
その後P航空には若手のスッチーが大量に入社していた。彼女たちの話では、K子は結婚してメインランドに行ってしまったと言う。
一方、ミミの行方は全く知れなかった。
 
 勇んでハワイにやってきた4人のメンバー。
ハワイで前回評判のよかった「ハーモニー」を中心としたレパートリーを大量に抱えて自信満々にステージに立った。
初めのうちは前回のファンたちがかなり駆け付けてくれた。しかし1月、2月経つうちに尻切れトンボ状態。
契約は前回と同じく4ヶ月。契約半分を終えた時点で客入りは極端に悪くなり始めた。
苦虫を噛み潰したような顔でジミーが言った。
「ダウンタウンのクラブTは連日満員だよ、、、」

 そいつはまずい。早速メンバー全員で敵情視察に行くことにした。
場所はデリングハム通り。ダウンタウンから少し空港よりで、ロケーションはあまりよくない。
クラブ内に入ってメンバーは目を見張った。
ジミーの「Oナイト・クラブ」の古臭いくたびれたイメージとはうって変わって、豪華な作りの近代的なナイト・クラブ。
客層はOナイト・クラブより年齢が高い。男性客の隣にはホステスがいて日本のナイト・クラブと雰囲気は全く変わらない。
驚いた事に客の中には、健太たちが前回来た時の常連客までがたくさんいるではないか!
<やられた!>
メンバーは一様にそう感じた。
 
 メンバーが酒を酌み交わしていると店のママが挨拶に来た。
「あ~ら、健太さんたちいらっしゃい」
小柄でショートカットのママはそう笑いながら言って、ボーイに飲み物をママの奢りで持ってくるように伝えた。
「以前Oナイトクラブに健太さんたちがいらした時、よくお邪魔しましたわ!」
笑いながら右手で口を隠した。癖なんだろう。
そう言えば小顔で浅黒いママの顔には見覚えがあった。良くバーのカウンターに座っていたっけ。
「あの頃皆さんあんまりの人気者で、私なんか近寄れなかったんですよ!」
また笑いながら言った。
歓談が暫く続いたところで、ママが言った。
「健太さんたちせっかく来たんだから、一曲歌ってくださいな!」

 出演中のバンドはローカルバンド。シンガーだけが日本から来た女の子。
シンガーの女の子のアナウンスで健太たちはステージに上がった。
大きな拍手がクラブ内に響き渡った。
バンドと簡単な打ち合わせで、ハワイで人気の日本の歌「ここに幸あり」を歌うことにした。
コーラスを中心に歌い始めて途中からクリのソロに入った。
クリの声はハスキーで、少し演歌調に歌う。
歌い終わってステージを降りようとしたら、やんやの喝采、アンコールの声。
仕方ない、どうやら演歌がここでは受けるらしいので、あまり知らない演歌の中から今度はスギが中心になって歌った。
拍手は鳴り止まなかった。

 席に戻るとママはまだ席で待っていた。
暫く当たり障りのない話をして一段落した時、ママがまた口を隠すように右手で覆って小声でいた。
「ところで、健太さんたちOナイト・クラブのほうは契約何時まで?」
「あと2ヶ月です」
それを聞いて、ママは小刻みにうなずきながら言った。
「そうなのね。じゃ、あっちの契約が終わった後うちの店に出てくれないかしら?」
「えっ?」
メンバーは一瞬顔を見合わせた。

 写真はホノルル空港にて。ファンの一人がメインランドに行くと言うので見送る健太。両手に華とはこのこっちゃ(笑)!

 明日に続く、、、、。

Part I, はワイキキ大改造計画です!

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  1. 2005/06/23(木) 13:55:51|
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えっ、来月からまたハワイへ!

  健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol.17
 
 ワーナーの新曲は好調な滑り出しを見せた。
今回のソロを、「クリに歌わせる」というワーナー側の思惑は見事に当たったかに見えた。
週刊誌を利用して、クリの元彼女の有名女優との噂をばら撒いた。
出演中のディスコ・クラブでもキャンペーンを大々的に打ち、当時NHKのオーデションはかなり難しかったが、それもトップで通過。
当時ではレコードが5万枚も売れればヒット曲。売り上げが1万枚を越えた頃、
「ひょっとしたら、、、」と、関係者は皆一様に期待で胸を膨らませた。しかし一旦悪い方へ回転したスパイラルは、そう簡単に好転には向かわないものなのかも知れない。

 ある日、クリが交通事故を起こしてしまったのだ。
横浜の奥地の細い道を愛車のニッサンを走らせていたクリ。そこに突然子供が飛び出してきた。急ブレーキは間に合わなかった、、、、。
ワーナー側もプロダクションもこれには相当の打撃を受けて、苦渋の選択を迫られた。
結果健太たち全員に「謹慎処分」が下されたのだ。
マスコミはもちろんのこと、営業まで厳禁。
メンバー全員収入の道を断たれた。

 それからのメンバーの生活は厳しかった。一時多少はあった蓄えなどこんな時は一瞬のうちに消えてしまう。
健太は食器の月賦販売、アキは別荘地のセールスマン、スギはなんとかTVドラマに復帰しようと懸命になった。事故を起こしたクリも喫茶店の雇われ店長。新座者のリッチーはピアノの弾き語りに逆戻り。

 ワーナーから新曲が発売されたのは、ハワイから帰国して既に一年半後のこと。実はその少し前あたりから、4人は寄るとさわるとハワイの話に花を咲かせていた。
「2度とハワイなんかに来るもんか!」と、あれほど豪語して帰ってきた筈なのに、4人の心の中にハワイでの楽しい思い出が、日を増すごとにつのっていたんだ。


「えつ、来月からハワイへ!」
全員が健太を見つめた。
ジミーから電話があったのさ。
ジミーの話はこうだった。
「健太たちが帰った後、ダウンタウンのはずれに新しい日本人経営のクラブが出来て、完全に客をそっちに取られてる。ついては健太たちにもう一度ハワイに来てほしい!」
「案ずるより生むが易し」「渡りに船」とはこのこと、全員一致で2回目のハワイ行が決定した。残念ながらリッチーは銀座の弾き語りの店から抜けられず、今回もまた4人で行くことになった。 

 写真は2回目ハワイを訪れ、ホノルル空港に到着したばかりの4人。そしてジミー。

 Part I、今日はサーファーがいっぱい!

20050622113003.jpg

  1. 2005/06/22(水) 15:55:39|
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茨の道、再デビュー!

これまでのあらすじ。
ムービースターを夢見た健太は、「寅さん」のいる松竹映画に俳優の卵として入社。しかし、芽の出ないまま時は過ぎて行った。そこで折からのブームを背景に、撮影所内でバンドを結成。幸運にもレコード会社から声が掛かる。更に、ミュージシャンとしてのデビュー曲が大ヒット。
ヒットは願っていたものの、TV 、ラジオ、営業と生活環境の急激な変化にメンバーが空中分解寸前。おりしもハワイのクラブ出演の話が舞い込む。
全てを捨ててハワイへ渡る4人のメンバー。
そこには想像もしなかった、数々のドラマが4人を待ち受けていた。

初めはがら空きだったナイト・クラブも、健太たちのローカルTV出演を期に大盛況となる。そんな折メンバーのクリが発熱、そして幽霊を見る。続いてベースの秋までが発熱。ステージの合間にアキを見舞いに行ったメンバーが見たものは、アキを襲う幽霊の姿!
クラブの盛況はそのまま健太たちをホスト状態にする。次々に女難に会うメンバーたち。
と言って浮かれてばかりはいられなかった。ベトナム戦争は泥沼化し、その召集の手が永住権保持者さらには外国人就労者にまで伸び始めたとの情報が入る。
しかし幸いにも4人の心配をよそに、召集令状はメンバーの誰にも届かなかった。
4ヶ月の契約を無事に終えて帰国する4人のメンバー。

 日本帰国まもなく、コロンビア・レコードから関係者の期待を一身にあびて健太たちの復帰第一作が発売された。 
  
 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol.16

 発売された「復帰第一作・愛のペンダント」は、発売元のコロンビアレコードがその年の目玉グループとして、健太たちをレコード会社のカレンダー載せ、大々的に売り出そうとしたが、その売れ行きは惨憺たるもの。
翌年、所属する大橋プロはあきらめ切れず次回作のレコード会社をさらにポリドール・レコードに変更。作曲家も当時超一流の村井邦彦に依頼、「復帰第二作目」を発売。これも完全にこけた。

 そんな訳で、当時マスコミ露出度も極端に減少、一年もすると大橋プロも半分さじを投げ出していた。
と言って、悪い材料ばかりではなかった。
営業で出演していた横浜のディスコ・クラブが健太たちの出演により連日盛況。
親会社が精糖会社のそのディスコ・クラブは、健太たちの人気に目を付けてスポンサーになって自ら健太たちのマネージメントを引き受けたいと言い出した。
横浜西口にボーリング場も所有していたそのクラブは、さらにエンターテイメント部門を充実させたいと考えていたからだ。

 大橋プロを円満退社の後、クラブは急遽プロダクションを設立。
精力的に健太たちを売り出そうと、当時新レーベルとして脚光を浴びていた「ワーナー・パイオニアレコード」と契約。ワーナーも設立のメインとして健太たちにも白羽の矢が立った。
しかしデビュー曲はなぜか演歌だった。複雑に揺れ動くメンバーたち。
またしてもメンバーの結束が揺るぎ始めた。

 明日に続く、、、、。

 写真は横浜のディスコ・クラブの前で尋ねてきたハワイからのファンと。もちろん、K子でもミミでもありませんよ(笑)!

 Part I へご招待します。クリックして下さい(笑!)

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  1. 2005/06/21(火) 15:16:56|
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ハワイから帰国、復帰第一作決定

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol.15 

 こうしてハワイを後にした4人。
「もう二度とハワイなんかに来るもんか!」
そう豪語してはばからなかったこの4人が、まさかこの2年後にまたハワイの地を踏むとは誰一人として想像もしていなかった。

 久しぶりの羽田空港。
メンバー全員一つの仕事を終わらせた達成感と、これからこの日本で再出発するという少しの緊張感を胸に降り立った。

 羽田から健太の自宅蒲田までタクシーでほんの10分ほど。懐かしい街並みが新鮮に目に映る。
「ただ今、おっかさん!」
息子の久しぶりの帰宅に大喜びのおっかさん!
大量の楽器を健太の家に下ろす真っ黒に日焼けしたメンバーの顔を、いぶかしげに見る近所の人達の目線が痛かった。

 Party is over、祭りは終わった。
現実だけが目の前にあった。
芸能界ほど移り変わりの激しいところはない。
「あー、健太さん、、、」
再デビューを誓った4人を迎える芸能界は冷たかった。
既に多くの新人ミュージシャンたちが、雨後の筍のように誕生している。
ただ健太たちもヒット曲はあったので、何処のレコード会社でも一応の反応は示してくれた。
紆余曲折後、レコード会社はコロンビアレコードに決定した。

 レコード会社の希望もあって、帰国後キーボードの新メンバーを入れることにした。ギターだけのサウンズは既に古臭かったのだ。
キーボードプレーヤーの名は「リッチー」。雑誌で公募した。
プロダクションは、大橋プロ。当時はブルコメや、松崎しげるバンド「ミルク」、そして宇崎竜童がまだマネージャーとして、健太たちミュージシャンやタレントの面倒を見てくれていた。

 再デビュー曲が発売された!

 写真は帰国後第一作目のレコードジャケット。ロケーションは湘南海岸。ご覧のようにメンバーが一人増えている。健太はこの頃から少し太ってきたみたいだね(笑)!

 Part I、昨日見た封切り映画は超話題作、、、!

Shonan.jpg

  1. 2005/06/20(月) 05:16:58|
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ホノルル空港で千切れんばかりに手を振った!

これまでのあらすじ。
 ムービースターを夢見た健太は、「寅さん」のいる松竹映画に俳優の卵として入社。しかし、芽の出ないまま時は過ぎて行った。そこで折からのブームを背景に、撮影所内でバンドを結成。幸運にもレコード会社から声が掛かる。更に、ミュージシャンとしてのデビュー曲が大ヒット。
ヒットは願っていたものの、TV 、ラジオ、営業と生活環境の急激な変化にメンバーが空中分解寸前。おりしもハワイのクラブ出演の話が舞い込む。
全てを捨ててハワイへ渡る4人のメンバー。
そこには想像もしなかった、数々のドラマが4人を待ち受けていた。

 初めはがら空きだったナイト・クラブも、健太たちのローカルTV出演を期に大盛況となる。そんな折メンバーのクリが発熱、そして幽霊を見る。続いてベースの秋までが発熱。ステージの合間にアキを見舞いに行ったメンバーが見たものは、アキを襲う幽霊の姿!
クラブの盛況はそのまま健太たちをホスト状態にする。次々に女難に会うメンバーたち。
と言って浮かれてばかりはいられなかった。ベトナム戦争は泥沼化し、その召集の手が永住権保持者さらには外国人就労者にまで伸び始めたとの情報が入る。
しかし幸いにも4人の心配をよそに、召集令状はメンバーの誰にも届かなかった。
もう帰国の日は目前に迫っていた。

 健太のなんちゃって、サクセスストーリー Vol. 14

 いよいよハワイに別れを告げる時が来た。
たとえたったの4ヵ月でも、初めての海外生活、ホームシックがなかった訳ではない。
特にジミーの「約束が反故にされた」と言う思いの強いメンバー全員、
「ハワイなんかにもう二度とは来るもんか!」
と口々に言ってはばからなかった。
ただ心残りは夫々のガールフレンドの事。
特にスギの落ち込みようは激しかった。なんと言っても彼女は高校生、今後彼女との間をどうしようなどと具体的な考えなどありゃしない。あったとしても実現不可能。それほど当時は日本とハワイの距離は遠かったんだ。

 帰国の朝、それまでの長雨が嘘のような素晴らしいハワイ晴れになった。
空港では一般客が一体何事が起きたのかとばかり、ファンの群れと健太たちを見た。
ガールフレンドたちはしっかりとメンバーの手を握って離そうとしない。
K子もこの時はつとめて明るい表情を見せようと、必死になっていた。
ミミはやっぱり空港には来なかった。
<ミヤナミダ、ミミ、、、、(ごめんなさい、ミミ)!>
タラップを上りきって飛行機のドアの前に立った健太は、遠いワイキキ方向の空を見ながら心でそう叫んだ。
そして全員千切れんばかりに、何時までもいつまでも手を振った。
係員が申し訳なさそうに「ドアを閉めます、、、、」と言った。

 機内では暫く全員放心状態。誰も口を開こうとしなかった。
ひとしきり休んだ後、健太には残っている大きな仕事を済ませればならなかった。
機内はがらがら。
健太はスギを機内の隅に呼んだ。
実はスギだけは松竹にいた時から、既にTVドラマの「青春もの」の高校生役でレギュラー出演していて、かなりの人気が有った。
スギが電車に乗ると女子高生がキャーキャー言って寄ってきたり、健太たちがファンレターの整理をやったり、かなりのものだった。
そのスギが帰国後、またTVドラマ出演を再会すると言う。
しかし残りの3人は、ハワイでの成果を足場にまた日本に帰ってこのバンドを、このメンバーで再出発させたいと思っていたのだ。

 健太はしっかりスギを見つめて言った。
「どうだ、スギ。日本に帰ってからもう一度このメンバーでやってみないか!」
その時のスギの複雑な表情が、健太は今でも忘れられない。

 写真は、思い出を胸に千切れんばかりに手を振るメンバーたち。

 Part I も見てね!今日はホノルルのお巡りさんの話!

20050619045447.jpg

  1. 2005/06/19(日) 09:07:52|
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帰国が迫ってきた!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 13

 1960年から始まっていたベトナム戦争はその頃ますます泥沼化していた。アメリカ軍は既に50万人の兵隊をベトナムに投じていたが一向に埒が明かなかった。
更なる兵力を必要としたアメリカ政府は永住権保持者ばかりではなく、外国人就労者にまでその招集の範囲を広げているというのが竹ちゃんの弁。
そう言えば、既にいくらかの周りの日本人が兵隊に行ったと聞く。
健太が現在仲が良い「ムービーマン」もその頃兵隊に行っている。

 しかし幸いな事に、召集令状は帰国まで誰にも届かなかった。
その後ジミーは申し訳程度健太達の給料を上げた。
メンバーは皆「こんな金額でごまかそうなんて、もう二度とハワイなんか来るもんか!」と豪語していた。
契約満期が近付いたある日、ジミーが「契約を延長したい」と言ってきた。
給料も倍にすると言っている。
そりゃそうさ、あれだけ客が入れば3倍だって安いくらいだ。
しかし、メンバーは頑なに帰国を主張。
理由はもちろんベトナム戦争召集令状への恐怖。

 数々の思い出を残して、4ヶ月のハワイ滞在はもう終わろうとしていた。メンバーはそれぞれ、自分のガールフレンドと今後どうなるのか、どうするのか悩んでいた。

 K子はあれ以来機嫌が直っていない。ミミは何とか精神的に落ち着いたものの、健太達の帰国が近いと知って、彼女の方から少し距離をおいて来ている。
<丁度良い、このまま帰国すればうやむやになるさ、、、、>
何といい加減な健太だ!でもその時は本気でそう思った。
帰国はひしひしと迫っている! 

 写真は当時のハナウマ湾の様子。人は少ないし、釣りも出来たんだ!

 今日の Part I、ブログのアクセスの話と、カハラの写真です。

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  1. 2005/06/18(土) 14:17:40|
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健太たちも戦争へ召集される!

これまでのあらすじ。
ムービースターを夢見た健太は、「寅さん」のいる松竹映画に俳優の卵として入社。しかし、芽の出ないまま時は過ぎて行った。そこで折からのブームを背景に、撮影所内でバンドを結成。幸運にもレコード会社から声が掛かる。更に、ミュージシャンとしてのデビュー曲が大ヒット。
ヒットは願っていたものの、TV 、ラジオ、営業と生活環境の急激な変化にメンバーが空中分解寸前。おりしもハワイのクラブ出演の話が舞い込む。
全てを捨ててハワイへ渡る4人のメンバー。
そこには想像もしなかった、数々のドラマが4人を待ち受けていた。

初めはがら空きだったナイト・クラブも、健太たちのローカルTV出演を期に大盛況となる。そんな折メンバーのクリが発熱、そして幽霊を見る。続いてベースの秋までが発熱。ステージの合間にアキを見舞いに行ったメンバーが見たものは、アキを襲う幽霊の姿!
クラブの盛況はそのまま健太たちをホスト状態にする。次々に女難に会うメンバーたち。
出演契約もわずか後一月を残す頃、とんでもない情報がUHの学生竹ちゃんから入った!

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 12

 相変わらず、クラブは連日盛況。
ジミーもルースも笑顔が耐えなかった。
一方健太達はと言うと、一つジミーとの約束が守られていないことに不満をつのらせていた。
「ビジネスが良くなったら、ギャラを弾むからな!」
ジミーのこの一言さ。
契約は4ヶ月。もう既に後一月しか残っていないのに、一向にギャラは上がる気配がない。

 健太はグループのリーダー。全てこういう交渉は健太の仕事。嫌な役目だけど仕方がない、それがリーダーの役目。
オフィスのドアを開けると、ジミーは書類に目を通していた。
「ジミー、ギャラのことだけど、何時上げてくれるんだ、、」
ジミーの顔が心なしか翳った。
「ギャラ?何のことだ」
こういう場合、必ず「言った、言わない」の問題に発展する。
「そんな事は契約書には何も書かれていないぜ?」
ジミーは何食わぬ顔で書類を読み続ける。
<くそ、やられたか!>
ここはアメリカ、書類にないものは一切通用しない。
健太が馬鹿だった。アメリカは契約社会、ここでは健太の言い分はまるで通用しない。

 オフィスを出てアパートに戻ってメンバーに経緯を説明した。皆ふてくされた。
それからと言うもの、気まずい空気がクラブ側とメンバーそれぞれの間に流れ始めた。
「もう帰ろう、こんなと処に長居は無用さ!」メンバーはそれ以来口々に言いはじめた。

 いずれにせよもうあと一ヶ月で帰る。
今振り返ると、メンバー全員あれほど充実した日々を過ごせたのは、これまでの自分たちの人生の中で初めての経験だったはずだ。それなのに、メンバー全員もう帰ると言っている。健太も帰りたくなった。
努力が認められていないと言う不満がそうさせた。
日本でスケジュールのきつさにメンバーが空中分解寸前だった、あの頃に逆戻りしてしまったのさ。

 そんなある朝、常連客のハワイ大学に通う竹ちゃんが朝食帰りの車中でふと健太にもらした。
「健太たちも気をつけないと、戦争召集されるぞ!」
健太は一瞬耳を疑った。
「えっ、戦争?」
「そうさ、ベトナム戦争さ。俺にも先週令状が来た!」
竹ちゃんの頬が引きつっている。
「って事は健太も戦争に行かなきゃならないのかよ!」
竹ちゃんは健太の言葉がまるで聞こえなかったように、黙って運転していた、、、。


  写真は健太たちのシングル・レコードのジャケット。

 Part Iは、ワイキキの写真だよ!

Umi.jpg

  1. 2005/06/17(金) 13:56:36|
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一難去ってまた一難、健太頑張れ!

 健太のなんちゃって、サクセスストーリー Vol. 11  
 
 ミミは大声で泣きながら韓国語でわめいた。
健太にその言葉一つ一つは理解できないものの、何を言いたいかははっきりと分かった。
「あの女が良いのか私が良いのかはっきりしろ!もしあの女のほうが私より好きなら、私をこの包丁で殺してくれ!」
多分こんなことを言ってたのさ。
出刃を出された時は「健太が刺される!」と思った。でもどうやらそうじゃないらしい。健太が煮え切らない態度でいると、ミミは自分で出刃を持って健太の手に握らせた。
あれほど整ったミミの顔が醜くゆがんでいる。
「チュゴシポ(シニタイ)!」
確かにそう叫んだと思う。おいおい泣きながら、ハンドルに額を自分で何度もぶつけた。
健太は車のドアを開け外に出て、海に向かって出刃を投げ捨てた。

 その頃健太はまだ免許を持ってなっかた。しかし路上で何度も練習をしていたので、運転には自信を持っていた。
強引にミミを助手席に座らせ、ハンドルを握った。
新車のムスタングはすべるようにカナニアナオレ・ハイウエーを飛ばした。
幸い帰路にはポリスカーなど一台も見なかった。
車をミミのアパートの駐車場へ止めると、泣いているミミを車中に置いたままタクシーでアパートへ戻った。
もうそろそろショーの開演時間が近かった。

 それからミミは暫くクラブに顔を出さなかった。
<これで全てが解決した、、、、>
健太は心の中でほっとしていた。

 フライトがないと、ショーがはねた後何時もK子がアパートの前で待っている。健太に先約がないと、そのままK子のアパートに行って朝食を共にする。
K子とアキの彼女M子はルームメートだった。M子がいればアキも一緒。
その朝M 子はいなかった。
K子の車は中古のでっかいオールズモービル。
ガソリンを撒き散らして走る当時のアメ車の代表格。おまけにしょっちゅう故障する金食い虫。
健太が助手席に乗り込んでもK子は車を発進させようとしなかった。
「行こうぜ!」
K子はキッと健太をにらむと、厳しい声で言った。
「ね、ミミって誰よ!」
<何てこった、今度はK子が絡んでくるのかよ、、、!>

一難去ってまた一難。健太またもや危うし!

 写真は当時のエヴァ・ビーチ、入り江の向うが真珠湾。この写真の右端の切れたところににはダイアモンドヘッドがある。

  Part I、今日に波はどう? 見てくれますか、サーファー諸君!

20050616095820.jpg

  1. 2005/06/16(木) 14:17:16|
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ミミはムスタングの新車でやってきた!

これまでのあらすじ。
ムービースターを夢見た健太は、「寅さん」のいる松竹映画に俳優の卵として入社。しかし、芽の出ないまま時は過ぎて行った。そこで折からのブームを背景に、撮影所内でバンドを結成。幸運にもレコード会社から声が掛かる。更に、ミュージシャンとしてのデビュー曲が大ヒット。
ヒットは願っていたものの、TV 、ラジオ、営業と生活環境の急激な変化にメンバーが空中分解寸前。おりしもハワイのクラブ出演の話が舞い込む。
全てを捨ててハワイへ渡る4人のメンバー。
そこには想像もしなかった、数々のドラマが4人を待ち受けていた。

 初めはがら空きだったナイト・クラブも、健太たちのローカルTV出演を期に大盛況となる。そんな折メンバーのクリが発熱、そして幽霊を見る。続いてベースのアキまでが発熱。ステージの合間にアキを見舞いに行ったメンバーが見たものは、アキを襲う幽霊の姿!
クラブの盛況はそのまま健太たちをホスト状態にする。次々に女難に会うメンバーたち。そして今、健太が危機一髪!

  健太のなんちゃって、サクセスストーリーVol. 10 

 健太がその頃付き合っていたのはP航空のスッチーK子。アキの彼女と同僚。
彼女たちのスケジュールには時々「世界一周」ってのがあって、一旦フライトに出てしまうと一週間は帰ってこない。
そんな時は浮気のチャンス。全くもって困った奴!
 
 健太達のアパートの電話は何時も鳴りっぱなし。しかし掛かって来る時間帯によって大体は誰が電話してきているか想像がついた。
ミミから電話が掛かって来るのは大抵昼過ぎ。
ミミは英語もあまりしゃべらないし、日本語もだめ。
最初の誘いは「I made good dinner for you」と言うたどたどしい英語だった。
男は食い物に弱い。特に手料理には完全にお手上げ状態。
日本を離れて遠いハワイへ来ている。家庭料理には飢えていたんだ。

 ミミはアパートに友達と暮らしていた。もちろんルームメートは韓国の娘。
初めて知る韓国の文化に健太はすごく興味を持った。
食べ物は辛いけど、日本食と似通っている。
ミミは韓国語で健太に何時も話しかけてきた。
その頃どうやってコミュニュケーションを取っていたのか良く思い出せないけど、かなり積極的に健太が韓国語を覚えようとした事は確かだ。

 ある日、K子と腕を組んでアラモアナショッピングセンターの白木屋の前を歩いてたら、まずいことに向こうからミミがこっちにやって来る。
隠れようにも隠れられない。
K子は甘えながらしっかりと健太にまつわりついている。

 でもその時ミミはきつい目つきで健太を睨んでそばを通り過ぎただけ。K子も全くミミの存在に気づいていないようだった。
ほっと胸をなでおろす健太。
しかしこのまま全てが終わる訳はない。
案の定、次の日の夕方電話がミミから入った。
これから一寸話があるから健太たちのアパートに迎えに来るという。K子は丁度フライトでいない。
健太も男の子、逃げるわけには行かない。
ミミは当時アメリカの若者の間で一番人気の「ムスタング」の新車をアパートに横付けにした。
健太が出てゆくと無言で「乗れ」という。健太は助手のドアを開けて乗り込んだ。
ドアが閉まっらないうちにミミはアクセルを強く踏んだ。
ムスタングはそのままワイアラエ通りを東に向けて飛ばした。
街は既に薄暗くなって来ている。
猛スピードのムスタングは10分も走っただろうか、ハワイカイビーチの駐車場に止まった。良くあのスピードでポリスに捕まらなかったもんだ。
ミミは黙って正面を見たまま、バッグから取り出した「出刃包丁」を運転席と助手席の間に置いた。
一瞬たじろぐ健太!

<な、何をする!これから大きな未来のあるこの健太様だぞ、こんなところで殺されてたまるもんか!>心の中で叫んだ。

 健太危機一髪!

 今日は健太がどれだかばらします(笑)!
写真は健太とローカル・ファンのJeanさん。一緒に写っているのは、K子でもミミでも有りません。誤解のないように(笑)!

 Part I、今日のホノルル港は快晴でした!

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  1. 2005/06/15(水) 14:15:52|
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ミミはバックから出刃包丁を!

  健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 9

 真夜中2時過ぎ、、、、、、。

 真夜中2時過ぎ、ノースからタクシーにある女が乗った。女は「Oナイトクラブまで」と言った。
黒髪で色白の、見るからにオリエンタル風のいい女、左あごにほくろがやけにセクシーだったそうだ。
運転手はたまたまノースまで客を乗せて行って空車でホノルルまで帰ろうと思っていた矢先、ラッキーにもその女が乗ってきたと言う訳だ。
タクシーが「Oナイトクラブ」に着いて女が料金を払って奥のアパートに入っていった。
ハワイでは、女性を送った場合、その女性が家のドアに入るまで見届けるのが慣わし。途中で誰かに襲われる危険性もある。
彼女が確かにアパートのドアの中に消えるのを見届けた運転手はやっと帰宅できるとほっとしたという。その日は特に忙しかったからだ。

 翌朝仕事に出ようと車内を軽く清掃していると、金のネックレが後部座席に落ちているではないか。そして座席の一部が少し濡れていた。
<ああ、夕べの女だな、、、、>
座席をドライヤーで乾かしながら運転手はそう思った。
運転手は早速Oナイトクラブまで行った。
ドアを叩くと、寝ぼけ眼で髪もぼさぼさな背の低い女が出てきた。
「あのー、夕べここんところにほくろのある女性を乗せて来たんですが、このネックレスを車ん中に落として行ったんで、、、、」
暫くぼんやりとそのネックレスを見ていた背の低い女の寝ぼけ眼が、大きく見開いた!
「あ、綾ちゃん!」
そう叫んだ女は引きつった表情で言った。
「綾ちゃんは2週間前に、亡くなりました、、、、」

 講釈師、見てきたような嘘を言う、に近いけどこれは本当にロコから聞いた話です。でもこれって日本にもあるような話だね!
ま、自殺はまだ仕方ない、自分からそれを望んだんだから。でも健太の場合、、、、

 ミミは運転席と助手席の間に「出刃包丁」を置いて健太を睨み付けた!

 写真はアウトリガー・ワイキキのテラスにて。

 Part Iココログは、今メンテ終わったそうです! 

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  1. 2005/06/14(火) 14:36:19|
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ついに全員でお化けを見た!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 8 

 室内にはテーブルランプが点いていて辺りをぼんやりと照らしていた。。
アキは正面のベッドに仰向けに横たわっていた。

 しかしそのアキの上半身に長い髪を乱した女の幽霊が、アキに覆いかぶさったり離れたり動いている。
<お、おのれっ、妖怪変化!!>
健太の背筋にさっきの外気がさっと蘇よみがえった。
「お化けだー!!」
クリとスギはそう叫び互いの腕を取り合った。
健太は咄嗟に壁の室内灯のスイッチを入れた。
室内が明るくなって部屋全体を照らし出した。

 「あっ!」
みんなが一斉に叫んだ。
「アキ、お前は!!」

 お化けの正体は、なんとアキのガールフレンド。
アキの奴、熱を出して仕事を休すんでいたくせにガールフレンドとセックスをしてたんだ!
とんでもない奴。
怒るメンバーに平謝りのアキ。しかし言い訳が振るってた。
「ご、ごめんごめん。ほら、風邪を引いて寒気がする時は汗をかかなきゃいけないだろ、だからM子に来てもらって、、そのー、、、、」
それからと言うもの、アキはメンバーの信頼を全面的になくしてしまった。

 お化けの話をローカルの連中に話すと、
「あそこのアパートには以前から幽霊が出る!」と言う。
彼らの話の中でこんなのが記憶に残っている。

 真夜中2時過ぎ、、、、、、。

 明日に続く、、、。

 写真はその当時のワイキキ。高層ビル建設が住民の反対で骨組みのまま何年も放置されていた。多分あれは現在の「アストン・ワイキキ・ビーチ」だと思う。住民は「ワイキキビーチからダイアモンドヘッドが見えなくなる!」というのが反対の理由だった。

 Part I 昨日の封切り映画、ブラッド・ピッツの「Mr.& Mrs. スミス」のレポートです! 


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  1. 2005/06/13(月) 09:57:55|
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アキの部屋のドアを開けて驚いた!

 健太のなちゃって、サクセスストーリー Vol. 7


これまでのあらすじ。
 ムービースターを夢見た健太は、「寅さん」のいる松竹映画に俳優の卵として入社。しかし、芽の出ないまま時は過ぎて行った。そこで折からのブームを背景に、撮影所内でバンドを結成。幸運にもレコード会社から声が掛かる。更に、ミュージシャンとしてのデビュー曲が大ヒット。
ヒットは願っていたものの、TV 、ラジオ、営業と生活環境の急激な変化にメンバーが空中分解寸前。おりしもハワイのクラブ出演の話が舞い込む。
全てを捨ててハワイへ渡る4人のメンバー。
そこには想像もしなかった、数々のドラマが4人を待ち受けていた。

 当初ナイトクラブはがらがら、しかしTV出演を期に連日超満員の大盛況となる。そんな折メンバーの一人クリが発熱。良くなりかけた次の朝、彼はお化けを見てしまう。

Vol.7 

 ハワイに来て2月ほど経った頃、
メンバーには夫々ガールフレンドらしきものが定着し始めていた。
しかしそれは遊び好きな若者の集まりのこと、また日本と違ってすべてがオープン。いい加減な日々を送っていた。

 不思議なもので結局皆日本人の娘を相手に選んでしまう。でも、ホノルルには日本からの日本人なんてあんまりいなかったんだなあ、あの頃は。
結局健太たちが選んだ相手は殆どスッチー。スッチーはかなりの数がホノルルにはやって来る。若くて容姿端麗、日本語も分る。ツーって言えばカー。おまけに日本から買ってきて欲しい物があれば、すぐに頼める。こんな便利な事はない。
第一英語が上手。まるで英語がだめだった健太たちの強い見方だった。
しかし健太はまだこの頃とんまのことは知らない。第一とんまがホノルルに来るようになるのは、この3,4年後の話なのさ。

 クリが熱を出した一週間後、今度はアキが寝込んだ。
とてもステージには立てやしない。仕方がない、また残りの3人で頑張るしかなかった。
スギは健太たちのレコードでかなりの数ソロをこなしていた。アキの抜けたステージではスギがメインボーカル。と言っても前にも話したように健太たちの真髄はハーモニーにあったので、またぞろ一音抜けた淋しいコーラスの「トホホ」状態。それでも客は惜しみなく拍手をくれた。
既にこの頃になると週末の夜中は満席状態。入り口にラインが出来ていた。休憩時間にその辺を通ろうものなら大変!
「Hey Kenta It’s me, Richard. let me in !」
などと夫々何とか入場しようとして声を掛けてくる。

 その夜はご多分に漏れず一晩中盛況で、アンコールなど貰うと中々休み時間が取れない。やっとの思いで3回目のステージの後少し長めの休憩が取れた。
クリが心配そうに、でも笑いながら,
「一寸アキの様子見に行こう、もしかしてお化けに襲われてるかも知れないぜ!」
アキが寝ているのはこのクラブに隣接した健太たちの住んでいるアパート。
3人は楽屋口を出るとアパートに向かった。この頃からすでにハワイの冬は朝晩かなり冷え込んでいた。その時の外気がやけに冷たかった事を今でもはっきり覚えている。

 クラブからアパートまで距離にして20メートルほど。
スギが先頭に立ってアパートに入ってアキの部屋のドアを開けた。
「アキ、具合は、、、、」
ドアの中を覗いた3人は、その室内の光景に一瞬目を疑った!

「アキ!」
3人の動きが一斉に止まった

 写真は、健太たち3枚目のシングル。

 Part I、綺麗な写真が載ってるよ!
  
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  1. 2005/06/12(日) 09:10:09|
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今度はアキまでが!

  健太のなんちゃってサクセス・ストーリー Vol. 6

これまでのあらすじ。 ムービースターを夢見た健太は、「寅さん」のいる松竹映画に俳優の卵として入社。しかし、芽の出ないまま時は過ぎて行った。そこで折からのブームを背景に、撮影所内でバンドを結成。幸運にもレコード会社から声が掛かる。更に、ミュージシャンとしてのデビュー曲が大ヒット。
ヒットは願っていたものの、TV 、ラジオ、営業と生活環境の急激な変化にメンバーが空中分解寸前。おりしもハワイのクラブ出演の話が舞い込む。
全てを捨ててハワイへ渡る4人のメンバー。
そこには想像もしなかった、数々のドラマが4人を待ち受けていた。
 
 

 クリの話を総合するとこういう事になる。
ふと目を覚ますと、熱も少し下がって気だるさが抜けている。
<ああ、ずいぶん良くなったんだなー>そう思って、ベッドに横たわったまま正面に見える薄いカーテン越しの窓に目をやった。
外はもう白み始めていた。
と、次の瞬間何か重いものが自分の胸にあるのを感じた。
よくよく目を開けてみると、人間の上半身のようなものが自分の胸に乗っているではないか。ぼやけた顔が目の前に見える!
<だ、誰だ!>
そう叫ぼうとしたが声にならない。
暫くもがいていたが、全く動けない。
次の瞬間そのぼやけた物体が、スーッと宙に浮いた。その物体、つまり人間の影のようなものは、クリの体から離れながら正面の窓枠の方へ消えていった。その時誰かがクリの耳のそばで低くささやいた。
「これは本当だよ、、、、」
その声は彼の耳の中でエコーのように、いつまでも響いていた。

 話を聞き終わったスギが真っ先に言った。
「そういうの、俺も前に見たことある!」
スギの表情が心なしか血の気が失せて見える。
アキが全く馬鹿にした表情でいった。
「クリ、お前は熱で悪い夢でも見ただけのことさ。この世の中にお化けなんてあるもんか、、、馬鹿馬鹿しい!」
健太の反応はと言うと、このハワイには最初から日本とは異質のAtmosphere(大気)を感じていたので、
<もしかしたら、そんなこともあるかもしれない、、、>
と、クリの言っていることを真っ向から否定する気にはなれなかった。

 しかしその一週間後、今度はそのアキが熱を出して寝込んだのさ!

 写真は、健太たちが2度目にハワイに来た時のワイキキの絵葉書。この時ですら見ての通リ、ビーチコマー、ハイヤット、マリオットなど等、何もない。有るのは左にワイキキ・ビジネスプラザ(トップ・オブ・ワイキキ)、ずーっと向うにフォスター・タワー、右側にはアウトリガー・ワイキキ、モアナくらいなもの。左一場番手前のところが現在のDFSさ。良く見てご覧、面白いのはこの頃カラカウア通りは両側通行だったんだ!

Part I 今日は「うし」だ「うし」だ、、!

Waikiki.jpg

  1. 2005/06/11(土) 09:06:17|
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さっき、お化けを見たんだ!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 5
 

 既にそのころアラモアナ・ショッピング・センターはあって、その2階、3階には「白木屋」もあった。もちろん現存する「白木屋」。
健太たちのレコードはそこと、キング・ストリートの外間楽器などでも売っていた。
白木屋の売り場主任、本間さんと仲良くなったのもその頃。彼は健太たちのレコード積極的に売ってくれた。後にこの本間さんにはキクTV30分バラエティー番組、「健太のホノルル6時半」でヒット曲情報コーナーを担当してもらう事になる。

 しかしワイキキは、今の様子とは全く趣を異にしていた。
高層ホテルが一切なかった。よくは覚えてないけど、あったのはイリカイ・ホテルくらいだったかもしれない。あとは小さなホテルばかり。

 ある日ドラマーのクリが熱を出した。とてもショーに出演なんかで出来やしない。でもを休むわけにはいかない。仕方ない、残りの3人でやるっきゃなかった。
大体健太たちの持ち味は、4人の絶妙(?)なハーモニー。クリは何時も
その4音目を担当。メージャーセブンス・コードならそのメージャーセブンスの音を出すのが彼の役目。ところがコーラスにおいてその第4音が入らないと、コーラスとしてのかっこ良さ、ゴージャスさが全く表現できない。第一ドラムなしだぜ!

 さんざんな目にあったその夜のステージは何とか終わった。
ステージがはねるのは朝方3時すぎ。その後は大抵客の招待で朝食へ直行するのが常。
当時そうした朝食をやっていたレストランと言えば、健太のブログにも度々紹介される「Like Like Drive Inn」「Colombia Inn」 そして今はなき「Cococs(現・ハードロック・カフェ)」あるいはカハラにあった「Village Inn」。

 朝食を終えてアパートに帰る頃、もう空は明るくなり始める。
アパートのドアに入ると、キッチン兼リビングルームにクリが放心状態で座っていた。
「クリ、大丈夫か?」
皆が心配そうにクリを覗き込んだ。
クリはゆっくりその頭を上げると、焦点の定まらない目つきで言った。
「今さっき、、、俺、お化けを見たんだ、、、」

「えっ、お化け!!」
3人は顔を見合わせて叫んだ!

 写真は、健太たちの最初に出したアルバムのジャケット。

 Part I、今日もやってるよ!

Aipen.jpg

  1. 2005/06/10(金) 13:55:44|
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健太危うし!

健太の、なんちゃってサクセス・ストーリー Vol. 4 

 KGMB TVのショーの後、クラブは連日大盛況。
一躍健太たちはホノルルの人気者になった。

 ステージは1晩4回。ショーの開演は9時だけど、いわゆる前座の歌、ダンス、ストリップショーが一時間ほど続く。
10時になると、ロコのシンガー兼MC、トミー藤原のアナウンスが入る。
「ウイーアー プレゼンティング トウナイト、 ファンタスティック ショー フロム・トキョー・ジャパーン、ザ・ケンタズ!!」
満席のクラブ内からはち切れんばかりの拍手が沸き起こる。
ハワイではその頃の傾向として、ハーモーニーを聞かせる曲が評判が良かった。
幕開きと同時に得意の「レターメン」のヒット曲を数曲歌った後、健太たちの持ち歌、更にビートルズ、ビーチボーイズ、プレスリーなどのヒット曲が続く。
驚いたことに、時々嬌声とともにお金が飛んでくる。
「Ouch! Please do not throw the coins, throw the paper money!」ドラマーのクリが言った。この英語は事前にジミーが教えておいてくれたんだ。
どっと沸く客席。

 ショーが終わって休憩時間になると客席から声が掛かる。
客が「一杯奢るから席へ来い」ってことだ。
声の主は殆ど女性。老若人種問わず、われ先に健太たちを席に呼ぼうとする。
まるでホストクラブのようだ。ジミーも店の売り上げを上げようと、メンバーをどんどん客席に着かせた。

 ある夜、健太が客席呼ばれてブーツに座ろうとしたら、隣の席の男が突然大声を出した。
「This is my wife, my wife!」
見ると、リズム・ギターのスギが既に隣の席に呼ばれていたらしいが、浅黒い顔をしたフィリピーノ風の若い男に胸ぐらをつかまれている。
どうやらどっかの奥さんがスギに夢中になっているので、亭主が嫉妬してるらしい。後で知った事だけど、スギもスギで可愛い娘だったので手を握ったらしい。
幾らなんだって男と一緒に来てるのに、そいつあまずいよ!
スギがバツ悪そうに席を立って別のブーツに行った

 「健太、良いからここへすわれ、、!」
健太を席に呼んだのは、見るからに日本のその筋風中年男。
男の左隣には目の細い、すき透うるような肌の綺麗な女が座っていた。面長の顔立ちからはある種の気品すら感じられた。右側には金髪の映画の中から飛び出したようなボイン美人が座っている。
健太は軽く会釈をしながら、ブーツの端に座った。
「ああ健太、こいつあ『ミミ』、この金髪が『ジェーン』。俺はマサ」
握手の手を差し伸べる健太。
「実っあな、俺は一寸訳があって5年前日本から逃げてきたんだ。なーに怖くて逃げてきたんじゃねーぞ、ははは、まあその話はそのうちゆっくりしてやるさ!」
マサと名乗る男は、ジェーンと言う金髪の女に頬ずりをしながら言った。
<あんまり聞きたくないよ、そんな話、、、>
のっけから、あんまり良い話じゃない。
そんな健太の気持ちをよそに男は続けた。
「それでな健太、このミミがお前のことをえらく気に入ったらしい。ま、俺も忙しい体だ、何人もいっぺんに面倒は見れやしねえ。どうだ、こいつと時々遊んでやってくれるか?」
健太の体が一瞬硬くなった(下半身では無い!)。
「グアッ、ハハハハ。びびるこたあねえ、健太。ミミ!俺は良いから健太のそばに座ってやれ!」
「チョンベケ スミダ、ネイルムン ミミ イミダ!(始めまして、私ミミです)」
男から離れたミミと言う女は韓国語でそう言いながら、ブーツの端に座っている健太に大胆に体を押し付けるようにして座り、健太の太ももに手をのせた。

 <や、やめてくれー!!>
今度は下半身が心配になってきた、、、、。

 明日に続く、、、。

 写真は、O Night Club のステージの上。舞台監督のカズさんと。

 Part Iは、インターナショナル・マーケット最新情報だよ!

OASIS.jpg

  1. 2005/06/09(木) 13:44:21|
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健太のハワイへの道のり

 Part Iからの、連載。今日は

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol.3
 
 健太たちの宿泊先は、ナイトクラブに隣接したアパート。
ジミーとルースは日系2世。彼らの母親がこのナイトクラブ一帯の広い土地を所有しているという。そのアパートは快適とは行かないまでも、ゆったりとした作り。ま、何とか慣れるより仕方がない。

 ジミーは早速ローカルの新聞に「ジャパニーズ・フェイマス・ミュージシャンズ・ショー」と謳った小さな広告を載せた。
多少その新聞広告が功を奏したのか、初日からぱらぱらと客が入った。しかしジミーの望むフルハウスからはほど遠かった。ルースの表情も晴れない。

 そんな状態が一週間ほど続いたある午後、健太はジミーのオフィスに行った。
「ジミー、このままじゃ客は来ないぜ。幾ら俺たちが頑張ってもこれじゃ埒が明かない。俺たちはヒット曲も何曲か持ってる、こっちのテレビ局に俺たちを出演させるように掛け合ってくれ!」
健太は自分たちのレコードを数枚、TV局に持って行くようにと押し付けた。
「TV ステーションにか?」
ジミーの表情はぱっとしなかった。

 それから更に数週間たったある日、ジミーが息を弾ませて楽屋にやってきた。
「健太、今週金曜日KGMB・TVでお前達のショーを一時間やる!」
「えっ、本当かよ!」
メンバーも客入りの悪さに皆疲れていた矢先だった。
はしゃぐ健太たちにジミーが言った。
「お前たち、TV出演だいじょうぶか?」
見損なってもらっては困る、日本ではレギュラーを何本も持っていた、「任しておけ、お手のもんさ!」ドラマーのクリがおどけた声で言った。

 KGMBのTV出演当日、健太たちはビートルズのヒット曲や日本のヒット曲を「てんこ盛り」にして歌い続けた。
白人のディレクターが初めのうち、何だかごちょごちょ言ってたけど、英語なんか分かるわけがない。そんなものは皆無視して懸命に歌い続けた。
ベースの「アキ」のビートルズのポールマッカートニーと同じベースギター、カール・へフナーがうなる、ドラマー「クリ」のかすれた声がスタジオ内に響き渡った。リズムギターの「スギ」の甘い声がADのローカルの女の娘の心を完全に捉えているのが分った。健太のギターのチョーキングが粘っこく歪む。
いつの間にかあの白人のディレクターが口を閉ざしていた。
あっという間の一時間だった。

 翌日土曜日。ショーは夜9時から。
健太たちがハナウマ湾で遊んで、夕食を食べて帰ってきたのが8時過ぎ。
アパートの駐車場に車を止めようとした時アキが叫んだ。
「おいあれを見ろ!」
なんと、驚いた事にクラブの駐車場はいっぱい。入り口には人がぞろぞろ並んで立っているじゃないか!

 明日に続く、、、。

 写真は、その時行ったハナウマ・ベイでの3人。もちろん一人がカメラマンでした。この頃は皆きつかったスケジュールの後遺症で、全く太れませんでした(笑)!

 Part Iも見てくれますか?

Hanauma.jpg

  1. 2005/06/08(水) 14:27:39|
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健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 1&2


健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 1 

 健太たちのバンド・メンバーは4人ともムービースターを夢見て、寅さん達がいた「松竹映画」と言う会社に俳優の卵としてはじめは入社したんだ。松竹在籍中はちょい役で数多く映画に出演した。
当時松竹の撮影所は大船にあって、あそこに通ってたのさ。
入社したのは良いけど、4人とも目が出ず。何時までたっても卵のまんま。
そこで健太がギターが弾けたので、4人にギターを教えたのがきっかけ。バンドを作る事にした。歌も皆大好きだったので、あっという間にプロとしての声がかかった。ま、撮影所内で「がしゃ、がしゃ」雑音を出してたんですぐに誰かの目に留まったんだね。そのままホリプロって会社へ移籍。

 早速レコーディング。そこまでのプロセスが異常に早かった。はっきりいってずぶの素人みたいなもん、一寸びびったぜ!
初めレコーディングしてたら、「女の子も入れなさい!」ってレコード会社で言ってきた。
「えっ、いやだよ俺たちだけでやりたいんだ!」皆は声をそろえて言った。
「いや、やっぱり女の子を入れる!」ホリプロの社長さんも強引に言う。
「えー社長まで言うかー」
仕方ないや社長の一言じゃ、、って事で女の子を入れることにしたんだ。
でも結局その女の子とはレコーディングまで顔を合わせじまい。
やっとレコーディグの日にその娘と会った。
会って驚いた、「なんーだ、最近売り出し中の女優さんじゃないか!」ホリプロの社長がニヤニヤ笑ってた。「そうさ、彼女を健太たちがもっと有名にしてやってくれ!」

 間違いの始まりって言うか、後悔先に立たずというか、レコードは100万枚売れちゃってあっちこっちで引っ張りだこ。まるで睡眠時間もないほどの強行スケジュールは延々と続いた。
「おい、もう止めようよ!」ある日メンバーが言い出した。
健太もいい加減に止めたかった。だってある日突然「ひとさらい」にあったみたいに、家にも帰れなくなっちゃったんだぜ!

 そんなある日、銀座のライブハウスに出演中、英語なまりの変な男が楽屋を尋ねてきた。
「君達、中々いいセンスしてるね!どうだハワイに来ないか!」
皆一瞬目を丸くしてその変な男を見つめた。
「ハワイへ?!」

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 2 
 
 英語なまりの男は名刺を差し出した。
「Hawaii O Night Club 、 Jimmy Hashimoto」
名刺にはそう書いてある。
「もし興味があったら、ニュー・オータニに電話しなさい。まだ2週間ほど日本にいるから、、」
男は名刺にホテルの電話番号を書き込んだ。
年は40がらみ、細身で背も高い。髪には白いものがちらほら見える。ハワイの日系人なんだろうけど、何しろ英語なまりの日本語だ、やたら「きざ」。それだけにある意味では、イケてる中年男だった。

 それから2ヶ月ほどたったある夜、健太たちはもうハワイに着いていた。
当時のJAL便のホノルル到着は夜10時ごろ。
タラップを降りて驚いた。12月だというのにその、変に暖かい、生ぬるい外気。
「これがハワイか!」
日本を出た時に着て来たダークスーツがやたら場違いに感じた。仕方がない日本を出た時は冬だったんだから!

 ジミーが、彼のお姉さんルースと一緒にキャデラックで迎えに来てくれていた。ルースは一寸太めのおばさんだけど、とても愛嬌があった。
「Aloha, Welcome to Hawaii !」ルースが言った。
ハワイで最初に聞いた英語だった。
ルースはその日焼けした太い腕で僕ら4人にレイをかけ、頬にキスをしてくれた。

 キャデラックは夜のH1をまっしぐら、早速健太たちがこれから「Japanese Show」として出演する、Oナイトクラブに直行した。
「ここが俺の、ナイトクラブさ!」
店内に案内してくれたジミーが自慢げに言った。

 店内はプライムタイムだと言うのに客はまばら。ナイトクラブとは名ばかり、だだっ広い店内正面には高さ1メートルほどのステージ。そのまん前がダンスフロア。そして沢山の小さな丸テーブル。それに安っぽい椅子が添えてある。
壁際には、ブーツが10席ほどあって、これも年期物、ビニールが破れかけたようなところも有る。
何より驚いたのはステージの飾りつけ。ピンクのちょうちんがいくつも天井からぶら下がってる。なんとも、ど田舎の場末のクラブじゃないか!

 健太たちのハワイの夢が、崩れ始めたのはこの時からだった。
ジミーが言った。
「高い金を払って日本から来てもらったんだ、この店を客でいっぱいにしてくれ!」。
ジミーが厳しい目付きで言った。
「こ、ここを客でいっぱいに!!?」
4人は思わず顔を見合わせた。

 明日に続く、、、。


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  1. 2005/06/07(火) 14:21:35|
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ペプシ・コーラ

 シェラトンのプールからダイアモンドヘッドを一体何枚撮ったことか、、、。それでも自分の満足のいくダイアモンドヘッドの姿はまだ一枚も取れていない。要するに腕もカメラも三流ってこった(笑)。
健太のカメラはPentax Optio S40.400万画素はもう既に主流じゃないけど、ブログには充分すぎるくらい。
ブログ友「気ままに※○☆(^^;」のSyggyさんは、「健太のカメラは広角じゃないのか?」って言うんだけど、広角を買った覚えはないんだなー。でも写ったものを見るとなるほど、時々両端が少し湾曲して広角で撮ったように見える写真もあるので、ひょっとしたらそうかも知れない。知らずに買っちゃったのかもね(笑)!

 喉が渇いたのでベンディング・マシンでダイエット・ペプシを買いました。一缶75セント。日本ではペプシ、あまり人気がないようだけどこっちではコカコーラと同じくらい人気があります。
こっちのダイエットペプシ、うまいぜー。
日本で何回かダイエット・ペプシ飲んだけど、味が全然違ったっけ!

 Part I 天気が回復したダイアモンドヘッドの突端から!


pepsi.jpg

  1. 2005/06/03(金) 13:43:44|
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ワイキキビーチ・最東端

 こんな景色がワイキキにあるとは知らなかった。
この丸みを帯びたビルはニューオータニ・カイマナビーチの隣に有る
「Sans Souci Apts」(正確な読み方が分かりません、、笑)。アパートって表の看板に書いてあったけど、所謂コンドだと思う。
ワイキキにいながらこの辺はめったに来ない。ニューオータニにはちょくちょく食事に来るけど、大抵夜なので辺りの様子はよく分からなかった。
コンドだとしたら正にオーシャンフロント・プロパティー、最高のコンドだね。高そー(笑)!

 Part I とても可愛いよ!

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  1. 2005/06/02(木) 13:53:46|
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ハワイはやっぱり楽園だ!

 健太のコンドには以前ラナイ(ベランダ)があった。広さは幅3.5m x 奥行き1.3m程。
だけど6,7年前にそこをつぶして部屋の一部にしちゃった。
その当時は部屋が広くなったなーって感じたけど、あれから随分たって家の中に物が増えて(特に健太のエレキ・ギターなんかがね)また手狭になってきた。
何とか新しくて広いコンドを買いたいけど、値段がどんどん上がってる。

 そのラナイがあった頃、そこには野鳥たちが良く遊びに来ていた。
一寸した餌をまいてやると更に沢山やってくる。そのうちに鳥の中には慣れちゃって、健太が手のひらに餌をのせてると、平気で餌を食べに健太の手のひらに乗ってくるやつもいた。野生の鳥たちもそうしてなれてくれると、本当に可愛いもんさ。

 やっぱりハワイは楽園だね!

 写真は今夜の健太の餌。Ono Korean BQの弁当コンビネーション。前にPart Iで載せたけど、今日のはテイクアウト・ボックスから出して皿に盛り付けてみた。
何と全部は皿に載り切らず、まだボックスに沢山残ってる。
健太の場合スペシャルで、弁当コンビネーションには本来入ってないフライド・チキンが入ってる。「アズマ、カムサハミダ!(おばさん、有難う!)」。

Part I、今日はハワイでの英語の話が出てます!


20050601101021.jpg

  1. 2005/06/01(水) 14:25:13|
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