健太のワイキキだよ、おっかさん!Part II

ワイキキのホテルマンによる、ハワイ情報!

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嫉妬の炎はめらめらと、、、

  健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 55

 男は健太たちの前に立つと、
「My name is George,FBI!」
そう言ってなにやらバッジのような物を出して健太に見せた。
「May I sit here ?」
男は健太とムンヒの前の椅子を指して言った。
「Sure !」
ほっとして健太は言った。実は健太は最初、男があの畑の回し者かと思ったんだ。
健太とムンヒは自己紹介をした。
「Would you like to have some drinks?」
男にそう勧めると彼は軽く首を横に振って言った。
「今日君たちは、この上のジャングルの中で何者かに発砲されたんじゃないか?」
ムンヒと健太は顔を見合わせた。
「は、はい。どうしてそれを、、、?」
「君たちも知っての通り、最近のこのハワイ島でのマリワナ栽培には目に余るものがある。此処で穫れたマリワナは殆ど米本土に輸出されてる。我々はそいつを野放しにするわけにはいかないんだ!」
「、、、、」
「それにこのところ、獣の罠と称したトラップに人間が嵌って命を落としたケースが後を絶たない。多分君たちも寸でのところであの罠にはまるところだったにかもしれない!」
健太は思わずムンヒの顔を見た。ムンヒの顔は恐ろしさにゆがんでいる。
「悪い事は言わない、二度と奥まったジャングルには近づかないことだ!」
健太はジョージと言うその男に、かいつまんで今日の行動を話した。
「なるほど、分った!」男はそういって立ち上がると健太に握手を求めてきた。
健太も立って手を差し延べた。
「もしかしたら、先行き君たちに証人になってもらわなくちゃならない時が来るかも知れない。その時は宜しく頼む。こっちから連絡する」
「で、でも僕の連絡先を、、?」
男はにやっと笑って言った。
「見損なってもらっちゃ困る、俺もFBIだ。君たちの情報はもうとっとくに、ここにあるさ」
彼は軽く自分の胸のポケットを叩いて、今度は声を出して笑いウィンクをして店を出て行った。車に乗り込むジョージの長い金髪は風に揺れて印象的だった。

 ムンヒは何時までも男の車の行く先を目で追っていた。
<ちぇっ、あのジョージって男、ハンサムだもんな!!>
健太の胸の中にめらめらと嫉妬の炎が燃え上がった。
その夜健太は何時に無く頑張った。

 写真は、ムンヒとなんだかいやらしい雰囲気の健太(笑)!

 Part I、これぞハワイ!
 


Mun.jpg

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  1. 2005/07/31(日) 12:46:35|
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逃げるんだ、ムンヒ!

  健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 54

 「テジヤ!(豚よ!)」
そう叫ぶと、ムンヒは健太に抱きついてきた。
健太は目の前の光景を見て、一体何が起きているのか一瞬判断に迷った。
良く見ると、何かの動物が草木でカモフラージュされた大型のネズミ捕りのような罠に掛かっている。
<豚だ!>
血まみれになった獲物は、強力なバネのようなものに支えられた木材にはさまれ、時折「キュー、キュー」と微かな鳴き声を上げている。
既に体力は無い。材木には無数の刃物がついている。
ハワイの山間部に多く生息する野豚や鶏は、ハワイの原住民たちがかつて遠くマーケサス諸島から持ち込んだもので、
後にそれらが野生化したといわれている。

 腕にすがりつくムンヒはじっと健太を見つめた。
実は健太には、さっきから気になることがあった。
林の終わりに近い草木に隠れて這うような一本のワイヤーが見たからだ。その延長が今ムンヒの足のすぐそばにある。
そのワイヤーの少し先はもう林は終わって、3、4メートルほどの高さの緑の植物が群生している。
「ムンヒ、動くな!」
ムンヒが怖がって健太に抱きつた時、ひょっとしてそのワイヤーに接触したかもしれない。
一瞬のうちに健太の脳裏にあることがひらめいた!
<こうしてはいられない!>
「逃げるんだ、ムンヒ!」健太はそう叫ぶとムンヒの手を取って一目散に車へと走った。
ムンヒは走りながら健太の手をしっかり掴んで離さなかった。
「オッテソ、ケンタ!(何が起きたの健太!)」
道路に戻って二人は車に飛び乗った。
と、それとほぼ同時に微かに「パン」と弾けるような軽い音が空を舞った。
銃声だ!
健太は思い切ってアクセルを踏んだ。

 2人がヒロのホテルに着くともう陽はどっぷりと暮れていた。
ヒロの街は静かで、さっきの出来事がまるで嘘のように穏やかだった。
ホテルを出た2人は、街の名も無いレストランでビールグラスを傾けていた。
健太はなぜムンヒがあんな奥まで入ったのか聞きただした。
「アカチャン、ナイテタトオモッタ!」
どうやら豚の鳴き声が赤ん坊の泣き声に聞こえてらしい。
「デモ、ナゼアタシタチ、ウタレタノ?」
「海賊と間違えられたのさ!」
「カイゾク?」
「そうさ、海賊さ!あの林の向こうを見たかムンヒ?」
「ムコウッテ?」
「背の高い草が沢山生えてただろ?」
「ウン、、」
「あれは全部マリワナさ!」
「マリワナ?」
「そうさ、マリワナだ!」
健太は自分に言い聞かせるように言った。

 あの辺りはマリワナ畑だったんだ。
多分シンジケートがあの辺り一帯の土地にマリワナ畑を作っているんだ。
しかし、マリワナ畑には良くそいつを盗みに来る奴がいる。
これを「海賊」と呼ぶ。
実はその海賊対策としてあの罠も用意されていたに違いない。
たまたま野豚が掛かっていたけど、タイミングを間違えばムンヒがあの罠の餌食になっていたかも知れない。
健太はそれを想像しただけで背筋が寒くなった。恐ろしい事だ!
そしてあのワイヤーは奴らのアラームシステムなんだ。
あれに接触すると番小屋のアラームが鳴り、番人が銃を持って「海賊」を捕らえにやってくる。
「ケイサツ、シラセル?」
「多分無駄な事だね。警察だって馬鹿じゃない。そんな事はとうにお見通しなんだ」
「ダケド、マタダレカガ、、、」
「おそらくこのハワイ島にはあんな畑が無数にある。一々そんなものを取り締まるなんて出来やしない。もしかして警察も怖いのかもしれないね」
「マサカ、、、、」
「だから、一年に何回か『グリーン・ハーベスト』って言って、ヘリコプターでそういった場所を襲撃するのさ。その程度の事しかやらないんだ、今の警察は」
毎年大量のマリワナが警察によって押収されていた。
押収されたマリワナは全て焼却処分される事になっているが、実際はポリスたちが一番効き目のあるティップの部分をポケットにしまい込むと聞く。

 健太たちのテーブルは表の通りに面していて、行き交う車が見える。
道路の向うにはガス・ステーションその隣に小さなスパーがある。いかにもハワイの田舎らしい風景だ。
2,3本ビール瓶が並んだ頃マヒマヒ・ステーキが出てきた。丁度その時、通りの一台の古いキャデラックから黄色いアロハシャツにジーンズ姿の白人の男が下りてきた。
男はきょろきょろ見回すと、健太たちを見つけて近づいてきた。
男は健太をしっかりと見据えた。

<だ、誰なんだこいつは!>

 写真は本物のマリワナ畑。そしてその近くに必ずあるアラーム用のワイヤー。

 Part I、今日の写真アルファー波が出るよ(笑)!



Wee.jpg

20050730102148.jpg

  1. 2005/07/30(土) 14:42:46|
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キャー、ケンタタスケテ!ムンヒが叫んだ!!

  健太のサンちゃって、サクセス・ストーリーVol.53
 
 この「なんサクスト」も話をどんどん進めたので、今の自分はもうすぐそこに来ている。
このまま今の自分に話を持っていくのは簡単だけど、ここまでに飛ばしてしまった興味深い話が山ほど有る。いやむしろその方が多い。これから少しずつその飛ばした話に戻って行きたい。

 Vol.28でも一寸書いた。
当時健太はマリワナをよく吸った。
今でこそ馬鹿なことをしたと思っているけど、当時は「マリワナはミュージシャンには切っても切れないものだ!」などと豪語していた。
あれを吸うと音感が抜群に良くなるのは確か。普段出ない声がいとも簡単に出てしまうし正しいピッチも出せる。
ましてやレコードコピーをしようとする場合、一つ一つの楽器の音をはっきり分離して聞くことが出来るのさ。

 健太たちのような編成のバンドでは、楽器が少ないのでコードの設定が最重要課題。
レコードを聴いただけではそのコードがなかなか判断できない場合が多い。
特にギタープレーヤーは沢山の代理和音を使うので、ギターだけで和音を採譜してしまうと時々とんでもないものが出来上がってしまう。
ましてやオリジナルのレコードでは、プレーヤー達もありとあらゆる事をやっているので、耳で採譜してオリジナルと全く同じものを再生するのはほぼ不可能に近い。
しかしマリワナの力を借りると、そいつがかなりアキュレイトなものになるんだ。

 或る日健太とムンヒはハワイ島に遊びに行った。
昼頃コナに着いてレンタカーを借りた。ホテルはヒロの「ヒロハワイアン」を取ってある。コナからヒロに抜ける予定だ。
溶岩の間をひたすら走って、パーカー牧場へ出た。
パーカー牧場で遅めの昼食を取りながら、ムンヒがハワイ島の地図を広げて言った。
「健太、ハワイ島にはもう一つのカメハメハ大王像があるんだよね!」
そう言えばカメハメハ大王像はオアフ島のイオラニ宮殿の前に一体、それとハワイ島コハラのカパアウにもう一体あると聞いていた(正確には更にもう一体ヒロのカメハメハ通りにあるらしい)。
「そうだ、ついでだからそいつも見に行こうか!」
地図上ではパーカー牧場からコハラまでそれほど遠くはなさそうだった。
イタリア、フィレンツエで製作されたオリジナルの大王像。輸送中船の難破で一旦海中に沈んだものを後に引き上げて、このハワイ島のキング・カメハメハの生地に立てたと言われている。

 パーカー牧場を出てた健太は一路カパアウへとハンドルを握った。
30分も走ると、どう迷ったのか道はデッドエンド(行き止まり)になってしまった。
あたりは深い林。Uターンをしようとしたらムンヒが小用をもよおしたと言うので、その林のなかで済ませるように言った。

 暫く健太はあたりをぶらぶらしていると、急にムンヒの声がした。
「キャー、ケンタタスケテ!」
健太は慌ててムンヒの声のする林の中に飛び込んだ。
林の中にはいって驚いた、ムンヒはたった小用を済ませるためだけの為にかなり深く入り込んでいる。
「何処だ、ムンヒ!」
「イッチョギ、イッチョギ!(こっち、こっち)」
声の方向に更に進むとその林はすぐに途切れていた。
ムンヒはある一点を見つめて、その林のはずれで立ちすくんでいた。
健太はムンヒの目線の先にあるものを見て、思わず唸った。
「ガッ!こ、これは!」

 写真は健太たちがはじめてハワイに来た頃のハナウマ湾。見てごらん誰もいない!


 Part I、今日はハワイのホームレス。


20050729103437.jpg

  1. 2005/07/29(金) 13:42:03|
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これで儲けられるぞ!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.52

 「週末特価」とビラが出ている店では有る特定の商品だけ、普段10万円の物を7万円にしたり、
4万円で売ってるものを3万円にしたり、3万円で売ってるものを1万8千円にしたり。いわゆる目玉商品。
ともかく桁違いに安く出している。
こいつを健太は片っ端から買い漁った。

 Ebayのインターネットオークションで売っているものは殆どが中古。
その「御茶ノ水」に特価で出ているものも中古ばかり。
だから程度の良い中古だけを買う。
中にはまるで新品に近いものも有った。
またたく間に健太の「おっかさん」の家にはギターの山が出来た。
しかし、半月に一度ハワイに戻るのはいいけど、どうやってもって帰るんだ、このギター?
一回の帰国に手持ちでいけるのはせいぜい2本、何とか無理して3本程度。

 それと、ハワイに入る時には中古といえども税金を払わなくちゃならない。
当時アメリカ入国の非課税額は$400まで。
それ以上は、ものにもよるけど10%程の税が掛かる。
これじゃまるで儲けが無い。儲けるどころか損しちゃう。
実は、初(はな)っからそんなことは分っていた。
つまり後は郵送すれば良いと思ってた。
しかし郵送にも税金は掛かる。つまり一月に何度も出入したり、別送品があればそのトータルの金額で$400までが非課税。
それを超過すればやっぱり税金は払わなくてはならない。
また送料が馬鹿にならない。一台のギターを送るのに1万円は掛かる。
しかしこれは空輸(エアーメール)の場合。
だから、サーフェイス、つまり船便で送る事にした。これだと一本当たりの送料は6000円ほどですむ。
しかし税金の問題は未だ残っている。

 東京のおっかさんの家の山積みになったギターを前にして、妙案が無いものか考え続けた。
そんなマイナス材料の中で一つだけプラス材料が出てきた。
為替差益だ。
ebay上での為替を考え場合、多分それは$1=¥100位。
つまり10万円のギターは大体$1000と考えればいい。
だから単純計算でも、10万円のギターを「御茶ノ水で」7万円で買って、ebayで売れば$300もうかる。
しかし実際にはその頃のレートは$1=¥125~¥135。
だから仕入れの¥70000は$700ではなく実際は約$540位。
御茶ノ水の特価で買った¥70000のギターをebayで売れば、為替差益が有るので、
送料税金を考えなければ$460程度儲かる計算になる。

 船便はハワイまで早くて4週間、遅いと2ヶ月かかる。この際そんなことはどうでも良い。待てばいい。
ただ一本のギターを送るのに¥6000程度掛かる。税金は一本につきせいぜい$20~$50。
このくらいなら上の計算で行けば何とかなりそう。

 段ボール箱にギターを詰める用意をしながら健太はギターの状態を細かくチェックした。
何しろ中古、有る程度の傷は仕方がない。しかし運搬中に傷が付いては困る。
ギターをひっくり返しては裏を見たり、角を見たり。
「おや、まてよ、、、?」
裏返したギターを見て、健太の目がと有る一点に集中した。
<こいつはいけるかも知れないぞ!>

 フェンダー系(メーカーの名前)のギターはネックを胴体に4本のボルトで止めて有る。
<このネジをはずして、ばらばらにすればギターはずっと小さくなる。ばらばらにして送って、ハワイで受け取ったら、またボルトを締めて組み立てれば良い!>

 このアイディア、実は凄いアイディアだった。
3本ほどのギターのネジを外してばらばらにすると、ギターの胴体だけ3個まとめてダンボールにいれて送れるし、ネックも別に3本まとめて梱包して送れる。
これで画期的に小型化された荷物が出来上がる。
細かい糸巻き(ペグ)やネジ、アーム・ユニットなどは外して健太の手荷物に入れて持って帰る。
3本の胴体入り段ボール箱の送料は¥6000程度、ネックだけの物は¥3000くらい。なんと3本のギターを1万円以下で送れる!

 更に送ってみて驚いた。
つまりギターの胴体だけ、ネックだけは既にもう「ギター」としての価値はなかったのさ!そいつはただのギター・パーツ。それも中古のパーツ。
税関ではそんなものに税金を掛ける気はなかったんだろう。全て無税でハワイの自宅に届いたのさ!

 写真はとんまが飛び始めた頃の大空!

  Part I、インターナショナルマーケット、取り壊し計画中止!

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  1. 2005/07/28(木) 13:47:48|
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インターネット・オークションで儲ける!

 健太のなんちゃって、サクセスストーリーVOL.51

 

 さて40本のギターをebay auctionで売りきれば、もう売るものが無い。
健太のギタービジネスはそれで終わり!
<どうする!、、、>

 それから健太の調査がはじまった。
一体アメリカのインターネット・オークションで何を売ってる奴が一番儲けているのか。
調べて分かった事は、その頃のトップは家具、不動産、車などを売ってる奴ら。
そりゃそんなもんを売れば利幅が大きいに決まってる。
健太も参入したいけど、その分野でバックグラウンド(知識、経験など)がまるでない。よって、そいつらと同じ事をやれるわけが無い。今から勉強して、、、などと悠長なことは言ってられない。今すぐ収入が必要なんだ。
せこくてもいいから、せめてホテルで稼いでた半分ぐらいは何とかしたい。
それと健太には大きなマイナス要因が有った。南海の孤島ハワイと言う立地条件。
何を売っても送料がバカ高い。大きければ大きいほど送料はかさむ。
例えば$500のギターを売る場合、よっぽどの事がない限り送料が$100も掛かれば、入札者は完全に引いちゃう。誰も入札しやしない。せいぜい送料は$50まで。

 ただその売り上げトップ3のうち、一つだけ気になったものがあった。

 それは家具。
あんなでかい物をどうやって仕入れて、落札者に送るんだろう?
調べていくうちに、奴らの商売のからくりを突き止めた。

 彼等はまず自分の売りたい商品を、家具会社のパンフレットから選ぶ。もちろん売れそうなもの、オークションなので値段が上がりそうなもの、更に利幅の多いものをね!
そのパンフレットの家具の写真をスキャンして、自分でオークション・サイトに載せるのさ。もちろん事前に家具会社の在庫状況を調べておく。
で、その家具が売れたら、家具会社に連絡して家具会社から直接落札者に送らせる。これだと自分で商品に触らず簡単に商売が出来る。
家具会社には商品の代金を自分のクレジットカードで払う。落札者からは自分のところに落札料金を送ってもらう。
ま、ざっとこんなもの!
そのやり方は「見事!」としか言いようが無い。

<彼らみたいなことは出来ないまでも、何とかその中にヒントは無いものか、、、>

 それまでの約15年間のホテル・ビジネスで学んだものの中に、「Pros & Cons」と言うのがあった。
Progress & Conservative、難しそうに聞こえるけど、何のことは無い。
「プラス面とマイナス面」を細かく書き出してみるって事。
彼等アメリカ人は何かやろうとすると、こいつについて徹底的にディスカッションする。
そこで健太は自分自身に関する「Pros & Cons」を可能な限り挙げて見た。

 結果Prosには、どうしても「音楽、ギター、ホテル」、Consには、「ハワイの立地条件、大きな資金は投じられない」などが中心になっていた。
既にワイキキのホテルにはコネが幾らでもあったので、ホテルの部屋を売ろうかとも思った。しかしこいつをどうやってオークションでどうやって売ば良んだ!
他の方法でホテルを扱っても良いけど、その場合はハワイに常駐しなきゃならない。健太は日本ハワイを往復しなきゃならないと言う大前提がある。
 てな訳でこれは没。
残るのはやっぱり音楽、ギター。
そして大金が投じられないなら、自分の体を動かすしかない!
ストリート・ミュージシャンは儲かりそうもないしね(笑)。
<よし!このギター屋さん、暫く徹底してやって見よう!>

 まず、40本のギターを売りながら次のバイイング・パワー(購入力)を残しておく。元金は残しておくってこった。
そして仕入れ。この仕入れに関して健太はつくづく自分が日本人に生まれてきた事に感謝した。
つまり、日本製のギターもアメリカ製には及ばないまでも、アメリカで評価がわりと高いのでebayのオークションでもそこそこの値が付く。
<こいつを日本で安く仕入れて、ebayで売りさばく、これっきゃない!>

 それから日本のギターメーカーを回り歩いた。
<何とか安く仕入れたい!>
しかしこれはまるで話にならなかった。
アメリカの大手楽器商のように大金を出して安くまとめ買いするなら別だけど、健太が一台二台ギターを買ったって安くしてくれるわきゃないよな。

 「御茶の水」と言う駅が中央線に有る。学生街だ。
驚いたことに、そこにはギター屋さんが2,30件軒を並べてるのさ。
有る週末ぶらっとその町を歩いていて、ふとギター屋さんの店頭の売り出しのビラに目が止まった。

「週末特価!」
<あれ、、、、?そういえば、、>
そういえば他の店でもそんなビラが出てたっけ、、、。
健太は思わず我に返った。

 <こいつだ!>
健太は思わず叫んだ!

 写真は、健太がコリアン・バンドでプレーしてた頃。当時「健太は本当はコリアンだ!」と言う噂が流れた。健太は間違いなく日本人だけど、そう言われても「what ever!」と思った。ハワイで人種の話をするほど馬鹿な事はない!

 Part I、ハワイプール事情。


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  1. 2005/07/27(水) 14:30:26|
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ホテル辞めて、収入はどうする?

  健太のなんちゃって、サクセスストーリーVol.50
 
 さてPホテルを辞めたのは良いけど、収入がない。
もちろんとんまは仕事をしてるけど、健太も男の子、女の世話になる訳には行かない!また幾らかの蓄えはあってもそれに手を付けたくない。
第一おっかさんにも、この15年毎月仕送りをしてる。それも止めるわけには行かない。
何がなんでも収入を得なくてはならない。

 世の中、上手く出来たものさ。丁度その頃からネット・オークションなるものがアメリカで人気が出だした。
長年のホテル勤めで小使いもかなりあった。そのつど買い漁った趣味のギターが家の中に山積みになってる。エレキギター40本。こいつを、イーベイ(ebay)のオークションに出せば、、、、。
一応エレキギターの専門家。そいつについては多少のことは知っているし、有る程度の修理なら幾らでもできる。

 まず秋葉原(健太はアキちゃんです、笑)に行って、ラップトップを購入。
おっかさんの家の電話でプロバイダーと契約。もちろんハワイでは既にデスクトップはあって、コンピュー・サーブと契約済み。これでハワイ日本のインターネット環境はばっちり。
健太の持っていたギターは、専門家だけに悪いものはない。中にはビンテージものも幾らかあった。
写真さえ撮っておけばハワイに有るギターを日本からオークションに出品できる。健太のギターは良い物なので値段はどんどん上がる。
半月毎にハワイ日本を往復していたので、売れたらハワイに帰って落札者に商品を送る。送り終わったら日本に戻って行く。
しかしこれじゃ40本のギターを売ったらそれでお終まい。

 さてこれからが健太の腕の見せ所だった!

 写真は、ビンテージギター・ギブソンレスポール・カスタム。こいつあ良い値が付くよ(笑)!
 
 Part I、健太は毎月小使いはいくら?

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  1. 2005/07/26(火) 14:29:45|
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そして、みんな売れて行った!

  健太のさんちゃってサクセス・ストーリーVol.49

 撮影所の中はとても興味深かった。
オープンセットの合間を沢山の人が行き交う。中にはスターたちも沢山いる。
健太は明日のスターを夢見て、撮影所内を格好つけて歩いた。
何しろいい配役を貰わなくちゃいけない。
自分をアピールすることだ。
しかしいくら経っても回ってくる役といったら、台詞一言二言。
<どうして、こんない格好良い健太を誰も見出してくれないのか、、、>
 自分では不思議で仕方がなかった。
だけどさ、良く考えりゃここに集まった奴らは皆容姿には自信があるんだ。一寸やそっとじゃ誰も振り向いてはくれない。

 撮影は実に時間が掛かる。出番より待たされる時間のほうが長い。ある日その撮影の合間にギターをスタジオの外で弾いて歌っていた。
秋の夕暮れで、オレンジ色の夕日がその雰囲気を盛り上げてくれた。
一人近づいちゃ、一緒に歌いだして、また一人近づいて仲間になる。
それがやがてすこしづつ定着して来て、集まる仲間の顔ぶれが大体決まってきたんだ。更にギターを持ち寄り、ドラムを持ち寄り、、、。

 集ったのは、菅原文太、ハナ肇(クレージー・キャッツ)、竹脇無我、田村正和、三上慎一郎、などの先輩たち。それに若手の健太の仲間。
いずれ今では皆さん大スター。
ハナさんは残念ながら既に亡くなられたけど、健太たちにドラムをはじめ、音全体を指導してくれました。

 その頃、菅原文太さんも泣かず飛ばず。まるで売れなかった。
撮影所内には何時も、「そのすじのひと」達が出入りしていた。あの世界は当時彼らとは切っても切れない間柄だったようだ。
特に何かやくざ映画でも撮る時には、賭博の指導をしたり実際に出演したり。
その中で健太の住む街の親分Hさん。月に一度は遊びに来て顔見知りになり、良く飯を食わしてもらった。

 それから十年以上経って、健太がハワイのコリアンのバンドに出演していた時、強面の男に声を掛けられた。丁度韓国から有名な歌手か店に来て歌ってくれた時だった。
歌手の名前は確か、「ナフナ」?とか言ったっけ。
「け、健太、健太じゃないのか?」
健太はその男を良く見て驚いた、あの撮影所に良く来てたHさんじゃないか!「も、もしかして、Hさん?」
「そうだよ、Hさ!健太お前こんなとこで何してんだ!」

 積る話をして酒を酌み交わしたっけ、、、。
「いやー、時代は変わってるぞ、健太。文太、覚えてるだろ菅原文太、あの売れなかった文太?」
「は、はい。良く面倒見ていただきました」
「そう、その文太は東映のやくざ映画でばか売れした後、今度NHKに出る!」
健太も話では聞いていた。文太さんは今度、NHKの大河(たいが)ドラマ「獅子の、、なんとか」って言う番組に出るという。
「あの文太がよー、今度NHK,NHKだぞ、そのNHKの『おおかわドラマ』に出るんだぜ!」
「えつ、おおかわドラマですか?」
「そうよ、『おおかわドラマ』よ。出世したもんだよな文太、グァツハッハ!」

 Hさんは帰り際に$500くれた。あの$500で半月食いつなげた、、。

 写真は比較的最近のライブにて。

  Part I、今日は今井美樹のCDで楽しみました。 

Mugen.jpg

  1. 2005/07/25(月) 12:21:47|
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あのー、サンディーさんですよね?

  健太のなんちゃって、サクセスストーリー Vol. 48

 「あのー、サンディーさん、、、、ですよね?」
飛行機は成田空港に着いた。
機内の人々は夫々自分の荷物を上のコンパートメントから下ろし始めた。
サンディーはまだ外の景色に見入っていた。
この機会を逃して話しかける機会はなくなる。
健太はサンディーの席に行って声を掛けた。
「はい、サンディーですけど?」
サンディーはいぶかしげに健太を見た。何しろあれから20年は裕に経っている。ましてや健太は昨日の写真のようなひげを生やしていた。
「あ、やっぱり! 僕ですよ、健太です!」

 サンディーは暫くじっと健太の顔を観察していたけど、
急に「プッツ」っと噴出して笑った。よっぽど健太の髭ずらがあの昔の美青年(?)からほど遠かったに違いない。
しかしどんな経緯があったにせよ、何しろ20年ぶりの再会だ、互いに暫く言葉が出なかった。
機内の客はどんどん出てゆく。仕方がない、一応健太の連絡先を渡してその場は別れた。
20年ぶりのサンディーは昔と全く変わっていなかった。

 それから何年か経ってサンディーから一通の手紙が届いた。中を開けるとそれは招待状だった。
サンディーは健太と知り合う前からフラをやっていた。
そしてこの度、彼女が目出たくチャンターとして「ホオパア」の称号を受けるという。
それはすごい事で、並み居るハワイのフラ・ダンサーですら達成不可能に近い驚異的なポジション。ましてやその先にはクム・フラというフラにおける最高峰が控えている。

 ラニカイのサンディーの先生パティー先生の自宅で行われたその儀式(ウニキ)に、健太も参列させていただいた。
他の島々からもクム・フラ達が、わざわざ駆けつけてそのウニキを祝った。
それは健太にとっては一生のうち二度と見る事が出来ない、厳かで格式の高い素晴らしいウニキだった。

 壇上でチャンとを歌いフラを踊るサンディーを見ながら、健太の頭の中にはあのナイト・クラブTでの思い出が走馬灯のように駆け巡った。
<こんな素晴らしい事が、今この目の前で展開されている。あの時ナイト・クラブTのリサママの言う事を聞いておいて、良かった、本当に良かった。、、、!>
ここにあのリサママがいたらどんなに喜んだことだろうか、、、、。
悲しい事だけど、あのリサママは5年前に既に交通事故で亡くなっていた。

 ウニキが終わって、会場に来ていた150名ばかりが代わる代わるステージの前に立つサンディーに挨拶に行った。
健太も長い列に並んで自分の番を待った。
サンディーは一人一人ハグしてにこやかに挨拶している。
健太の番がやって来た。
「サンディー、おめでとう!」
しっかりサンディーをハグした。
健太は胸が痞えてそれ以上何もいえなかった。
サンディーの目に大粒の涙が一挙に溢れ出した。

 この9月3日の深夜にサンディーは長年の目標だったクム・フラになる。

  写真は、おっかさんがハワイに来て、Pホテルの会長のお宅へ招待された時。おっかさんはまだとても元気だったっけ!

 PartI、アラモアナ・中華料理・パンダ・レストラン!

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  1. 2005/07/24(日) 12:12:37|
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久美子のシュガー・ダディーよ!

  健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.47

 「パパ!」
久美子はそう叫ぶと、辺りをはばからず健太の席に付いて、抱きつんばかりにぴったりと寄り添ってきた。
ボディコンがやけにセクシーだ。
「なーんだパパが来てるんなら,もっと早く来ればよかった!」
Oさんは目前の成り行きに目を白黒させて、健太と久美子を見比べた。
「け、健太!『パパ』って、おまえ?」
久美子はOさんに向かって自慢げに言った。
「パパはね、久美子のシュガー・ダディ。ねっ、パパ!」
「久美子、こちらJP旅行社オーストラリアの社長の、Oさんだ」
「はじめまして、荒木師匠事、荒木久美子です!」
「あ、私Oです!」
Oさんはすっかり酔いがさめた目でじっと健太と久美子を何時までも見比べている。


 その頃健太の収入は比較的良かった。かと言って若い女の娘を囲えるような収入ではない。
多分大手旅行社支社長と名が付くOさんなら、何とかなったかも知れない(笑)!
パールメールを出てもまだ、Oさんは狐につままれたような顔をして夜の銀座を歩いていた。
「健太、あれは、、健太の、、」
「はは、、男のかい性でしょうがそりゃ!、、、なーんてね、あれは健太の娘ですよ!店のママは別れたワイフです」
「ま、まさかだって年が、、、、、」
Oさんは正確な健太の年を知らない。
健太はいつも年齢よりずっと若く見られる。
40歳の時アラモアナのフードランドでビールを買おうとしたら、
キャッシャーに
「May I see your ID?」
って言われた。ハワイは20歳以下のアルコール類の購入は不可。
IDを見た店員は驚いて、何度も健太の顔とIDを見比べていたのは今でも楽しい思い出(笑)!

 「おっかさんが、倒れた?」
健太の携帯に名古屋の兄貴から国際電話が入った。
健太のおっかさんは東京で一人で生活していた。
おっかさんはハワイが好きで何度もハワイに来ているし、一度はハワイに永住しようかと、一月ばかり生活したこともある。
しかしハワイの環境がどんなに素晴らしくても、年寄りが突然やって来て住めるほど単純ではなかった。
英語も出来ない、友達もいない。結局その一ヶ月滞在も彼女にとってはきつかったようだ。
また兄貴のうちでは「おっかさん用」にちゃんと新築の部屋を用意して待っていたけど、「世話になるのがいやだ!」と言ってそこには行こうとはしない。
そのおっかさんが倒れた。
健太は会社に辞表を出した。
暫く東京ハワイ間を往復して、おっかさんの面倒を見なければならない、、、、。


 その日の成田行きファーストクラスは比較的空席が多かった。
これから先のことを考えるとさすがの健太も不安だった。
「おっかさんは、良くなってくれるんだろうか、、、、。これから健太はどうなるんだろう、、、、」
そんな事を考えながら数少ないファーストクラスの席を見回して、ふと健太の目は右前方に座っているある女性に止まった。
<おやっ、あれはもしかして、、、、!>
栗色に染めた髪が長く頬に掛かっていて、その輪郭は良く見えないが、、、、間違いない!

<サ、サンディー!!>

 写真はPホテルをやめる前に行ったラスベガス、ホテル・ミラージの前にて。ひげは剃ったりり生やしたり遊んでました(笑)!

 PartI、ハワイの風邪の治し方!

Mirage.jpg

  1. 2005/07/23(土) 13:13:18|
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荒木師匠、お久しぶりでやんす、、、!

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 46

 クラブ・パールメールは銀座・電通通り、マル源ビル9階にあった。
「いらっしゃいませ!」
ミニの若いホステスが健太たちを席に案内してくれた。さすがに銀座のクラブ、そんじょそこらのタレントよりずっと可愛い娘だ。
平日夜9時。店内はほぼ満員だった。
見回すと奥のカウンターにママがいる。
「あ、ママ呼んでくれる?」
「は、ハイ。あのーお客様はー、、、」
「アッ、健太が来てるって言ってくれば分るから」
JP旅行社のOさんはきょろきょろ店内を見回して、
「健太、大丈夫かよこんな店に入っちゃって!」
こじんまりとした店ではあるけど、銀座は銀座、決して安くはないのをOさんは知っている。
Oさんはその後ハワイから日本に戻って、更にオーストラリアに出向、オーストラリアJP旅行社の社長になっていた。今回健太が営業で東京へ来たら、彼も丁度オーストラリアから会議で東京へ来ていたのだ。

 「あーらいらっしゃい。お久しぶりじゃないの!」
ママはお絞りを渡しながら健太をじっと見つめた。
健太はママから目をそらすように、
「マ、ママこちらJP旅行社のOさん。今オーストラリアの社長さんだ」
「始めまして、JPのOです。おいおい健太、隅に置けないなー,銀座のママなんかと親しそうで。一体どうなってるんだよ(笑)!」
健太は笑いながらその話題を避けるようにママに聞いた。、
「ママ、今日は久美子ちゃんは、、、?」
「あ、久美子は今日TVの録画が在るから、多分10時過ぎないと来れないと思うわ」
Oさんは自分が話題の中にいないのに苛ついて言った。
「おいおい、誰なんだその久美子ってのは、、?」
「いや、その久美子をOさんに紹介しようと思ってここに来たんですよ。それよりOさん歌歌!早速なんか歌ってよ!」
出された水割りを一気に飲み干したOさん、早速歌本を見始めた。
2人ともこの店に来る前、近くの寿司屋でかなり出来上がっていた。

 健太とOさんが歌い始めると、ほぼ満員だった客たちは少しずつ帰っていった。よっぽどうるさかったに違いない(笑)!
10時近くなると、また少しずつ他の客たちが入ってきた。
「おい健太、その久美子って娘、まだかよ!」
Oさんがそう言うと、Oさんに付いていたホステスの娘が口を尖らせて言った。
「あーら、Oさん私じゃ気に食わなかったのね!」
「そ、そんな訳じゃなしけど、、、」
と、その時入り口のドアが開いて、久美子が入ってきた。
ワンレンボデイコン。

<ワーオ!紛れもなく、それは『ジュリアナクイーン、荒木師匠』だ!>

 写真は、荒木師匠のHPより無断でまた拝借しました(笑)!

 Part I、カカアコ・ウォーターフロント・パーク!




20050722090636.jpg

  1. 2005/07/22(金) 13:20:12|
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ジュリアナ・クウィーン?

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 45

 健太のセールスマネージャー歴も4年が経った。
毎年上がるノルマもなんとかクリアー。常に成績は居並ぶセールスマネージャーをよそに断トツを保っていた。
それは健太の努力もあっただろうが、取りも直さず日本のバブル景気がそれを支えていた事は事実。
しかしアメリカでは数字を見る。いや数字しか見ない。
どんなに汗水たらして夜中まで仕事をしても、数字が上がらなければそれは何もしなかった事も同然。
逆に昼寝してろくに仕事らしい仕事をしなくても、数字さえ上がっていればそれは高く評価される。

 健太は5年目にしてADOS(アシスタント・ダイレクター・オブ・セールス)、つまり営業次長に昇進した。実力や業績から言えばDOSでも問題ない。しかしそこは会社組織、上も閊(つか)えている。
健太の業績の裏側には、何時も適切な助言をして下さった会長の存在、そして新しく総支配人に任命された会長の甥、ジョニー・木村の助力も無視できない。
健太がセールスマネージャーに成りたての頃の、あの途轍もない数値のノルマは会長が健太に与えた試練だった。
それはあたかもライオンの親が、自分の子供を谷底に落とすあの試練にも似た行為だと今も思っている。そしてそうした無理難題を何時も後ろで支えてくれたジョニーの暖かさ。決して忘れることは出来ない。

 その後健太はとんまと結婚した。
健太は結婚は金輪際しないと心に決めていた。それには深い訳が有あったのさ。
皆に内緒だったんだけど、実はアンジとの結婚は2回目。若い頃に日本一度で結婚して別れてたんだ(ごめんなさい、隠しておいて!)。つまり3度も結婚なんかする気になれなかったんだな、、、。
だからムンヒの時は頑なにそれを拒んでいたのさ。
また、とんまはとんまで、ハワイには住みたくないとずーっと思っていたし、彼女も一度結婚に失敗していた。
しかし健太もとんまも更に年を重ねて行くうちに、そうしたものを丸く包み込める程柔軟になって来てたんだ。
そんな訳で、とんまとは互いを理解していくうちに、何とか歩み寄って「残りの人生を共に過ごそうじゃないか、、」と言うことになったのさ。

 何時もとんまがフライトから帰ってくると、機内の週刊誌を持ってきてくれる。
日本の新しい情報は健太のDJにとって必要不可欠だった。
ある日、そんな週刊誌を読んでいてふと一つの記事に健太の目が止まった!
「東京の新名所、ジュリアナ東京」
見出しにはそんなような事が書いてあったと思う。
ページを追って読んで行くうちに一葉の若い女性の写真に目が止まった、、、、。
「ジュリアナ・東京。ジュリアナ女王『荒木師匠』!」
写真の女性には見覚えがある。
また名字が荒木、、、、、。
<あっ、こ、これは!>
健太の背筋は、冷水を浴びせられたように凍りついた。
とんでもないものを見てしまったのだ!

 写真は、師匠のHPから無断で転載しました(笑)!

 Part I、 今日はワイキキの弁当!

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  1. 2005/07/21(木) 14:18:14|
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スッチー・とんま誕生!

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.44

 「お父さん、これにサインして頂戴!」
とんまは一枚の書類を父・茂に突き出した。
3人の子供の中で、このとんまが一番の問題児。
何時も難問を突きつけてくる。
茂は新聞を読むのをやめて、眼鏡越しの上目使いでとんまを見た。

 書類には英語で「同意書」と書かれてある。
「お父さんとんま、アメリカのアラインPMのスチュワーデスに合格したの。勤務が海外になるので親の同意が必要なのよ!」
その言葉に茂は一瞬自分の耳を疑った。そして書類ととんまを何度も交互に見くらべた。
「私をアメリカに行かせて!」
茂の表情に驚きは隠せない。
「ほ、本当に、行きたいのか、、、」
茂の書類を持つ手がかすかに震えているのを、とんまは見逃さなかった。
スチュワーデスはとんまにとって子供のときからの夢!
洗練されたユニフォームに身を包み、世界中の大空を駆け巡る。
それが女にとって最高の仕事だと思っていた。
同封の合格通知にはマイアミおける訓練スケジュールがびっしりと書きこまれている。

 全てが始めての経験。
マイアミでの訓練は、とんまをはじめ合格した者たち全てに取って生易しいものではなかった。
英語にはかなり自信があったものの所詮日本で習得したもの、本場の生きた英語にもかなり苦労させられた。
それでも何とかと訓練を無事通過したとんまはハワイベースに配属された。
羽田ホノルル間、そして世界一周が主なフライト先。
とんまはそれこそバラ色の夢を胸に描いて仕事に付いた。

 乗客の視線を一身に浴びながらの機内サービスも、楽しくて仕方がなかった。
これほど人に注目される事が快感だとは思っても見なかった。
また何処へ行っても、とんまの仕事が「スチュワーデス」だと知った者たちは、憧れと羨望の眼差しでとんまを見てくれる。
更に、当時海外旅行をするパッセンジャーたちは誰もが一流のステイタスを持っていた。
財界人、政界人、また芸能人など一流の者たちで機内は溢れている。
それはまさしく、とんま自信も有る意味で一流の女であることの証のような気がした。

 ある日テレビや映画で有名な芸能人がとんまのフライトの乗ってきた。
彼はきっと街中では、ペンとサイン帖を持ったファンに囲まれても揉みくしゃになってしまうかも知れない。
しかし一旦PMエアーラインの乗客になってしまえば唯の人、その存在を誰も気にも留めない。なぜならば機内の客全員がそれぞれ一流だからだ。
その芸能人は何時もと勝手が違う事についに苛立ちを見せて、機内のスチュワーデスをつかまえて言ったそうだ。
「僕、俳優の東郷四郎だよ!」
つかまったスチュワーデスは彼を一瞥すると何食わぬ顔で言った。
「So, what ? (それがどうしたの?)」


 ある晩スッチー仲間の誘いで、今評判の日本のミュジシャンが出演していると言うTナイトクラブに行く事になった。
クラブバイは満員。ステージでは4人の日本の若者たちが日米のヒット曲を歌っていた。
<へー、こんなグループがハワイにも来てるんだ、、、>

今考えて見ると、それが健太との初めての出会いだったのだろう。

 写真は、とんまが住んでいたすぐ近くのパンチボールの当時の模様。車が、、、!

  Part I、今日の波はどうですか?サーファー諸君!

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  1. 2005/07/20(水) 14:58:58|
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時は無情に過ぎてゆく

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリーVol. 43

 時は人に対して残酷なもの。人々の思いをまるで無視して無情に過ぎてゆく。
セールスマネージャになって何も具体的に進展のないまま半年が過ぎて行った。
努力はまるで数字となって現れてくれなかったのさ。
健太の人生、問題が起きると必ず何かが救ってくれた。しかし今回ばかりはあせる健太をよそに時だけが過ぎて行った。
ジーナはそんな健太に時々声を掛けてきては「Can I do something for you? 私に何かできる事が有るか?」と聞いてきた。
<めちゃくちゃなノルマを押し着せておいて、盗人たてだけしいとはこの事さ!>
そう心でつぶやいた。

 一方サイドビジネス(?)の方は極めて順調だった。
日曜日の健太のDJには新たなスポンサーがいくつか付いたし、水、金のバンドも旅行社の連中や、ツアーの流れが健太たちを聞きにやってきた。
有る晩何時ものように、エアーラインを親会社に持つ大手旅行社JPの支店長Oさんがやって来た。
彼が来ると酔った勢いで何時もGSを歌う。でも彼がGSを歌うと演歌になっちゃうので、健太いつも文句を言った。
「それじゃ演歌じゃないさー!」
Oさんは頭を掻いて「そうかい?」なんていたずらっ子増のように笑ってた。
その晩も彼は「ブルーシャトー」を歌ったあと健太を席に呼んだ。
「健太、実は今度うちの社の商品名が全面的に変わるんだけど、どうだ、そのネーム入りのジャンパーを持ってくるからバンドのみんなで着てくれるかい?」
断る理由はない。
「かまいませんけど、、、」
話は早い。次の週からメンバーはそのジャンパーを着てステージに立った。

 その頃クラブには、日本の雑誌社が健太たちのバンドを良く取材に来たので、健太たちのジャンパー姿がいくつかの雑誌に載った。
それを見たOさんは大喜び。ただで宣伝が出来たんだ。
それからというもの、Oさんは健太たちをまるで自分のお抱えバンドのような事をあちこちで吹聴するので、さらにその関係客が店に来出した。
「健太、おかげでうちの新商品も軌道に乗り始めた。今度は俺が健太にお返しをしなきゃいけない番だなー」
有る晩「夕日にないている」を歌い終わって健太を席に呼んだOさんが言った。
どうせ酔っ払いの戯言。健太は「はいはい」と軽く受け流していた。

 そんなことはすっかり忘れていた健太が、有る日ホテル内の月間レポートを見て自分の目を疑った。
JP社の数字が極端に上がっているのだ。それも半端じゃない。
<待てよ、あのOさんが、、、!>
更に細かくその数字を見ると、売り上げは全てオーシャンビューになってるじゃないか!
つまりホテルのカテゴリー(部屋の種類)は、ROH(Run of House部屋指定なし)、シティー・ビュー、パーシャル・オーシャン・ビュー、オーシャン・ビュー、デラックス・オーシャン・ビュー、オーシャン・フロントと6種類有る。
もちろんオーシャン・フロントが一番高くて、シティー・ビューとROHが一番安い。
JP社は2番目に高いオーシャン・ビューを徹底して売り上げている。
オーシャン・ビューの値段は、ROHの2倍。その上JP社の使用部屋数は過去の5倍以上に跳ね上がっているじゃないか!
一挙に健太の売り上げはトータルで2倍近くなっていた。
通常旅行社からのブッキングは、リザベーション部を通して入るので、普段は健太には見えにくいのさ。こうして月間報告書で初めて実態が見える。そういえば最近JP社の客がロビーなんかでやけに目に付くようになっていた。


 「驚いたか?なーに、単に今まで健太のホテルがパンフレットに載ってなかったのを、ちょいと載せただけの話さ!」
早速JP社に電話を入れるとOさんは笑いながら言った。
このまま決算の締めまで数字が伸びてくれれば、健太のノルマは達成できるかも知れない!

 健太はジーナのオフィスに呼ばれた。
「健太、凄いじゃない。よくこんな数字が出せたわね!」
「ま少し時間は掛かりましたが、やっと、、、!」
この時ばかりは自分で努力した結果じゃない。まるで棚ぼた的なもの。
しかしジーナにはそんなことは言えやしない。
「実はね、あのノルマ。私が出したんじゃないのよ!」
「えつ、あの、ADR $80、オキュパンチー80%。その3分の一は健太のノルマってやつですか?」
「そう。私も長年この世界で生きてきた人間、あんな馬鹿な数字出せるわけないでしょ!」
「じゃ、誰が!?」
ジーナはちょっと間をおいて、吐き出すように言った。
「会長よ!」

<会長が!?一体なぜ!!>


 一旦勢いが付き出すと止まらない。JP社の数字はその後とどまる事を知らず更に伸び続けた。
そうなると不思議なもので、他社もそれに追従して数字が伸びだした。
K社、H社、A社、N社、、、。
しかし、実はそれが日本のバブル景気の影響だったとは、その時は思いもよらなかった。
あのラジオに出演してくれたCC銀行の支配人の言っていた、「魚のいる河」の真っ只中に、健太たちはどっぷりと浸かっていたんだ。

 写真は、当時Pホテルがハワイ島にもホテルを買収しようとていたので、その下見に行った時のもの。後ろは溶岩の海。

 Part I、どうなる、これからのハワイ旅行!


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  1. 2005/07/19(火) 14:54:00|
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ハイ私が「とんま」です!

健太のなんちゃって、サクセスストーリーVol.42


 健太念願のセールスマネージャー生活が始まった。
そこにはある一つの達成感はあったものの、更なる茨の道が横たわっていた。

「健太、これが貴方の来年度バジェット(ノルマ)です。年度も替わるし丁度良いわ、あなたのお手並み拝見させて頂くわね!」
DOS(Director of Sales=営業部長)のジーナが数枚の書類を渡してきた。
ジーナはハワイアン・チャイニーズ(ハワイアンと中国人の混血)。ハワイアン系独特の、そのぎょろっとした目で健太をしっかり見つめた。
健太もホテルで仕事をして既に2年、各部署のバジェットの見方はもちろん分っている。書類に暫く目をして通して驚いた。
<こ、これは!>

 その年度のADR(客室単価)が$75。オキュパンシー(客室稼働率)72%。月間売り上げ$135万、年間売り上げ$16ミリオン。
それがなんと、健太が渡された書類上には来年度のバジェットとして、
ADR$80、オキュパンシー80%。月間売り上げ$160万、年間$19ミリオン。
そしてその30%が健太のノルマとして計上してある。
これがどんなに無茶な数字だって事くらい、いくら数字に弱いやつにでもわかる。
だってセールス・マネージャーは5人いるんだ。それなのになんで健太一人で3分の1の責任を持たなきゃならないんだ!
その時、じっと健太の表情を見るジーナの目つきに、どこか影があるのを健太は見逃さなかった。

 「Okay boss!」
何食わぬ顔で言った。
こんなことで驚いた表情などジーナに見せる訳には行かない。
ジーナは健太がレストランで、年間20%売り上げアップを達成したことを覚えていて、今こうした無茶な数字を提示してきたのだろうか、、、、。あるいはジーナが連れてきたセールス・マネージャー候補が健太のおかげで採用されなくて、その腹いせにこんな数字を押し付けてきたんだろうか、、、。
ま、そんな事はどうでも良い。とにかくやらねばならない!

 カピオラニの「クラブM」の客入りは、久しぶりの日本人経営のクラブ出現とあって上々だった。
店内の装飾はヨーロッパ調で女性客に人気が出るかもしれない。
クリもスギも健太も、水を得た魚のようにそのライブを楽しんだ。
しかし、ここでも多少はホスト業もしなければならなかった。クリの売り上げ協力だ。

 ある晩一回目のステージが終わったところで正面に座っていた2人の女性客の席にスギと一緒に呼ばれた。
「スギさん相変わらずかっこいいわ。健太さんお久しぶり。昼間もお仕事で大変じゃない!」
二人が席に着くとJ旅行社に勤めるフミさんが言った。
フミさんはかつてスギと同じ旅行社で仕事をしていたので前から知っているし、昼間ワイキキでも良く会う。
「でも好きな事ですから。なースギ(笑)!」
と、その健太の言葉を聞いてフミさんの隣に座っていた女性が口を挟んだ。
「健太さんっておしゃるんですか?あ、私フミさんの親友ミチです」
「あ、ミチさん健太です始めまして。こいつスギです!」
ミチさんは暫く健太顔を見ながら頭をかしげていた。
「あのー、健太さんの声どこかできた事があるんですが、、、」
「ミチ、健太さんはね、ラジオKでDJもやってるから、それをどっかで聞いたんじゃないの?」
フミさんが裂きイカをくわえながら言った。

 「週イチで、DJやってます。毎週馬鹿な事言って遊んでます。
あ、そうそう、その番組で、このスギには『友達の輪』って言うコーナーで出演してもらった事があるんですよ」
スギはビールを口に運ぶの止めて言った。
「健太のあほみたいな番組に強制的に出されちゃって、
本当に後悔してます!二度と呼ばないでくれってきつく言ってあるんですよ」
スギが笑いながら言った。
と、ミチさんは我が意を得たりとばかり手を叩いた。
「それだわ!」

 ウェイターのトシちゃんが豚キムチチャーハンを持ってきた。ここのキッチンは韓国風のものが得意。
ウエイターのトシちゃんは日本から来てまもないハンサム・サーファー。既にこの店の雰囲気に溶け込んでいる。
去年抽選で永住権を手に入れたらしい。
ミチさんが続けた。
「健太さん覚えてます、私一回スタジオに電話した事あるんです。CDの事で」
「CDの事って?」
「ほら、『最近の歌手は知らない奴ばっかりだ。この久野綾子っておばさん一体どっから出てきたんだ。この年でCD出せるってのは、、、』なんって言ってたじゃない!覚えてる?」
「あーあれ覚えてます!劇団四季の人だって教えてくれたあれでしょ」

 「あの電話、あたし!」
ミチさんが人差し指で自分の鼻を差しておどけて言った。
何時だったかは覚えてないけど、その内容ははっきり覚えている。あの夜は電話が鳴りっぱなしの中、一つをたまたまピックアップしたんだ。
フミさんが豚キムチ・チャーハンをほおばりながら、
「健太さん、ミチはねUエアラインのスッチー。でもとっても性格が『とんま』なんで、あだ名が『とんま』って言うのよ!今度その『友達の輪』に出てもらったら。きっとアホとトンマで面白い時間になるわよ!」
そう笑ったフミさんの口から、豚キムチチャーハンのご飯粒が飛んだ。
「ハイ、私がUエアラインでかの有名な、スッチーのとんまです(笑)!」
とんまは少し飲んだワインで赤くなった頬を染めて、けらけら笑って言った。
<とんま?変な奴!>
健太はじっとその「とんま」を見つめた。

 それが運命的な「とんま」との出会いだった。

 写真は、その後セールスマネージャーで成績優秀だったので、自分へのプレゼントとして買ったベンツ!お腹に少し肉がつき始めてます(笑)!

 Part I、ハワイでの電話の話!


Kaimuki.jpg

  1. 2005/07/18(月) 11:39:56|
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最後の実力者!

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.41

 噂によると、営業部長のジーナには既にセールスマネージャーの候補がいて後はオーナー(会長)のOKを待つのみと聞く。それが本当だとすると、健太には殆ど望みが無くなっていた。
会長直接談判を考えたけど、今回はそれはやめておこう。
<仕方がない、またレストランマネージャーで頑張らくちゃ!>

 そんなある日、ドラマーのクリから連絡が入った。
「健太、俺またナイトクラブをカピオラニに開けるんだけど、実はスギと健太と3人でもう一度バンドをやりたいんだが、どうかな?」
クリは既に一度ナイトクラブビジネスで成功したものの、今は撤退してアラモアナのホテルでレストランをやっている。

 彼の話だと今回新しくナイトクラブを開けるに当たって、健太とスギは週に2回、夜8時から夜中の12時まで出演すれば良いらしい。スギも健太もその程度なら別に本職に支障はきたさないだろうと言う。
スギはその頃、大手旅行社のマネージャーをしていた。
スギに連絡を入れると、彼も「ミュージシャンのあの快感をもう一度味わいたい」と、すぐにOKが出た。
<健太バンド再開だ!>
身辺がにわかに忙しくなってきた。レストランのマネージャーの合間を縫って、水、金曜日はクリのクラブでバンド、日曜はラジオKでDJ。3つも仕事を持つ事になったのさ。

 「レストランS」には会長(オーナー)の奥様が会長の昼食を毎日オーダーにいらっしゃる。
「健太さん、この前の日曜日ラジオ聞きましたよ!」
テイクアウトのできるまで、何時も奥さまは健太を捕まえては四方山話や、ホテル内の話をする。奥様はアメリカ人の父と日本人の母を持つ、いわゆるハッパ・ハオレ(ハーフ)。ホテル内では一応部長のタイトルも持っているが、普段はあまり表舞台には出てこない。
「あっ、いやお恥ずかしい。とんだお耳汚しで!」
「健太さん、さかんにこのレストランの宣伝してたけど、うち払ってんのかしら宣伝料(笑)?」
そんなものは貰ってやしない。しかしこればっかりは役得。
「レストランS」で何かスペシャルをやる時や、お薦めメニューなんかをどんどんラジオで紹介した。ハワイのラジオ局はその程度の事であまり目くじらは立てない。
「いや頂いてはいません。良い機会なんで、ばんばん「S」を紹介しちゃってます(笑)」
奥様は上目使いで健太を見ると、手で作ったじゃんけんの「グー」の形を口に当てながらくすくす笑った。
テイクアウトの「チキン豆腐」が出来てきた。
奥様はそれを受け取ると、ふと真顔で言った。

 「ところで健太さん、貴方ゴルフなさいますか?」
「は、はい。10年ほどやってますが、、、?」
怪訝な顔で見る健太に奥様は少し背中をまるめるようにしながら、内緒話のように小声で言った。
「今度うちに入る予定の、ジーナが連れてきたセールスマネージャー候補、ゴルフも出来ないらしいの。今時ゴルフも出来ない営業マンなんか通用しないわよ!それに彼は日本語がまるでだめらしいわよ。今、日本の景気がすごくいいでしょ、これからは日本人がワイキキを支配する時代よ!」
「は、はい、、、」
「私健太さんの日本でのご活躍、覚えてますよ!」
「あっ、それは光栄です!」
「どう、貴方。セルスマネージャーやる気はないの?」
「えっ、、、、?そそ、りゃやりたいですけど、、、そのー、総支配に、、、」
健太は手短にこれまでの経過を話した。
「あっ、そうだったの!分ったわ。貴方にその気があるなら、あたしが会長を説得します!」
「はっ、、?」
「健太さん、実はね私、あのポジションが空いた時から、健太さんにお願いしたいと思ってました。
会長にもそんな話はしたんですけどね、ご存知のように会社って言うところはいくら私に部長の肩書きがあったとしても、なかなか思うようになんかならないんですよ。
ただ今回のこのポジションは総支配人には申し訳ないけど、ジーナの連れてきたあの人が、どんなにアメリカ本土で成績を上げてきた有能な人でも、勤まらないと思います。いずれにしても私、会長にもう一度話して見ます!」

 なんて言う事だ、もう諦めかけていたって言うのに突然風向きが変わってきた。
ホテル内の実力者として、オーナー(会長)、総支配人、営業部長、の3人しか頭の中になかった健太。
<肝心な会長夫人を数の中に入れてなかったじゃないか!>
いまさらにして自分の計算の甘さを思い知らされた。
しかし今回それが思いも寄らない好結果に繋がりそうだ!

 <ツキが回ってきたのかも知れない!>

 写真は、世界的に有名なハワイ島のマウナケア・ゴルフコース海越えのパー3.

  PartI、今日はロイヤル・ハワイアンでパーティーにバンドで出演!

Maunakea.jpg

  1. 2005/07/17(日) 08:35:59|
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健太、またもやピンチ!

  健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 40


 さていよいよ作戦開始だ。
どうしたらホテルの花形、「セールス・マネージャーになれるか?」
一人欠員の出来た営業部のマネージャーに、何としてでも健太を引っ張ってもらいたい!
健太の実績は3人のホテル内実力者にとって周知の事実。
後は売り込みしか有るまい。

 ホテルには「インターオフィス・メモ」と言う回覧板が、それぞれの部署から必要に応じて回ってくる。
その中で人事部が送ってくるものに、「空席ポジション」と言うのがある。どこかに空席が出来れば、従業員に広く移動を希望するものを募るのだ。
しかしこの「セールス・マネージャー」については一向にメモが回ってこなかった。
早速健太はヒューマン・リソーセス(人事部)に連絡を入れた。
「あのー、営業部に今空きがあるでしょ、あれは、、、?」
ヒューマン・リソーセスの部長ブレンダが言った。
「あー、あれね。あれはごく重要なポジションなんで、GMかオーナーが決めたいからって、メモはストップされてるの」
<なんてこった、GMかオーナーの裁量に一任てことか、、、、>

 総支配人室のドアをノックした。
「健太です!」
「健太か、お入り」
GMが静かに言った。
GMのマイクは日系3世。日系2世のオーナーの長男。
身長6フィート、日系人にしては大きい。
ホテルのGM にありがちなゴルフ焼けはなく、どちらかと言うと色が白い。それが彼の品位を象徴している。 さすがにサラブレッド。
また、彼のそのおっとりとした性格はそのまま包容力となってあらわれ、広く従業員からも慕われている。
このところ少し太りすぎだと言って、健太のレストランに来ても、軽いそばとかうどんしか食べない。
多分彼の体重は200ポンドは有るに違いない。

 「なんだね、健太?」
GMはメガネをはずすと、目をこすりながら立っている健太を優しく見上げた。
「あのう、セールス・マネージャー、今一人空きがありますよね。健太は何とかそのポジションが欲しいのですが、、、」
GMのマイクは一旦はずしたメガネをまた掛けながら、暫くじっと健太を見つめた。
「確かに君は、優秀なレストランマネージャーかもしれない。しかしホテルのセールスって言うのはそんな甘いもんじゃないぞ。そのマネージャーの力いかんで、ホテルは繁盛もするが、潰れることだって有る。」
「分ってます、だから、、、」
そこまで言うとマイクは健太の言葉を阻止した。
「悪いが、君にあのポジションを任せるわけには行かない。」マイクの声が少し高くなった。
「君は今、自分のやっている『レストランマネージャー』と言うホテルにとって非常に重要なポジションを、放ったらかそうとしている!そんな奴にセールスマネージャーと言う大任を任せる事ができると思うかね!」
<グッ、、、、!>

 健太、またしてもピンチ!!

 写真は、新スタジオに移ったラジオKに出演した友達たち。一番左は、後半健太のアシスタントとして出演をしてくれたMちゃん。

 Part I、今日はホノルル新開発地区!

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  1. 2005/07/16(土) 13:33:49|
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健太さん、あんたも金持ちになれますよ!

健太のなんちゃって、サクセスストーリー Vol.39

 8時の時報がなった。
番組のテーマー音楽をカセットで流す。
健太のDJの始まり始まり!

「皆さん今晩は、ウエルカム・トウ・ハワーイ!
今日も楽しい話題満載でお送りさせていただきますので最後までお付き合いください。
今晩のお相手は、皆様の心の清涼飲料、健太でーす!お肌のつやの悪い貴女。そして仕事で疲れで元気のないお父さん!健太にちょっとお付き合い頂ければ、問題解決!
明日に夢と希望を持てること請け合い!

8時半からは日本のどこかのテレビ番組にも有るような、『健太の、ホノルル・友達の輪』。
今晩の友達はCC銀行支配人、XXさん。お金のないそこのお兄さん、しっかり聞いときな!どうやったら金持ちになれるか、健太がしっかり君の代わりに聞いてやるからね、わっはっは!」

なんとも無責任な番組が始まった。
聞いてる人はまさか本気にはしないだろうけど、
「なんかわかんないけど、聞いていようかな、、、」
と、思ったに違いない。健太が出演すると聴者の問い合わせで、放送中電話がなりっぱなしの日が多かった。
その電話に健太は全部出たかったけど、局には健太一人しかいない。出れるのはごく一部。じゃないと番組は進まない。

 しかしこの沢山鳴ってる電話の一つに出た事で、健太の人生が「また大きく変わる」なんて、その時は思いも及ばなかった!

「さて今晩の友達の輪、今晩の友達はCC銀行総支配人のXXさんです。何時もお世話になってますXXさん!今日は宜しくお願いします」
「はいはい。でも健太さん、あんたそう言うけど、あたしゃあんまりあんたの世話なんてしてないよ、だってあんたの口座、貯金なんてまるでありゃしないじゃないの!」
ドキッとする健太。
「な、なーにXXさん、け、健太は壷貯金派でしてその~、、、」
たじたじの健太。こんなはずじゃなかった!
無視してXXさんは続ける。
「で、さっきあんたが言ってた金持ちになる方法ね? あれ知りたいの?」
「は、はい!」
「実はこれは誰でも金持ちになれるチャンスはあるんだよ!」
「は?」
「簡単です、まず金の有るところに行きなさい!」
「えつ?」

「健太さんは今こんな事してるけど、ここにはあんまり金がないんじゃないの?」
XXさんはスタジオ内をじろじろ見回し始めた。
健太の右側には古いターンテーブルが3台。それに古臭いボード(ボリュームなんかを調整するやつ)。マイクが2本。壁際の棚には古臭いレコードがぎっしり詰まってる。右正面にはやっとこの頃出始めたCDプレーヤーが一台。
「第一歩。金の有るところに自分の身をおくこと!魚のいない河で釣り糸をたれてどうするんですか?」
「で、でも健太の本職は、、、、」
「知ってます。『これはほんの趣味で、本職はホテルのレストラン・マネージャーだ』って言うんでしょ?でもね、たとえ趣味でやるとしても、もっと魚のいるとこに行きなさい!それをしてないでこんなところにいるって事は、本気で金持ちになろうなんて思ってないんですよ!」
言葉に詰まりながら、
「はい、そう言えばそうですけど、、、でも、こういう言う経験が将来、、、、」

 XXさんは大きく息を吸って、じっと健太を見上げるような目つきで言った。
「ふむ。確かに何かで生きてくる事もあるでしょう。でもそれは極まれな事。人生は短いんですよ、健太さん!もしかして健太さんはそうして成功するかも、、、かも、、、知れません。でもその時はもう、棺おけに近いんじゃないかな。はははは、、、」

<何が、ははは、だ。くそー言ったな親父、棺おけに近くたって何だって、きっと何時かは!>
「あのー、髭を生やすって言うのはどうでしょうか?」
「何ですって?髭をはやす?」
「はい、なんか偉そうに見えて、、、そのー、金持ちっぽく見える事も有るんじゃ、、」
銀行の支配人XXさんはあきれ顔で言った。
「ま、好きにしてください。外見から入るって言うんですね。何かの役には立つかも知れません。でもたいした効果は、、、」

<頭にきたぜくそ親父!>
健太は意地になってその次の週から髭を生やす事にした。
<外見から入って何が悪いんだ!>

 写真は、そう言ってひげを生やしてラジオに出演する健太。すっかりおっさんになってる(笑)!

 Part I、今日はハワイのガソリンの話!




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  1. 2005/07/15(金) 13:54:57|
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健太、遂にチャンス到来!

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.38

 レストランの成績は一挙に20%以上上がった。
これでホテル上層部に「ここに健太あり!」をしっかりとアピールできた。

 さて、ホテル内での花形は何といっても営業部の「セールス・マネージャー」。
接待でお客さんとゴルフに行ったり、高級レストランに行ったり、カラオケに行ったり。外部から見ると遊んでばっかりいる。
これこそ遊び好きな健太の天職だ(笑)!
同じマネージャーでも、レストランよりセールスの方がずっと位は上。扱う金額が違うし、ホテルのエンジン部であり、ここがしっかりしてないとホテルは潰れる!
次なる作戦を練らなきゃならない。
<どうやってセールス・マネージャーに出世するか!>

 健太はサラリーマンをやる気は毛頭なかった。
ご存知のように、寅さんのような俳優になりたかったんだ。
自由気ままに日本国中を旅する。いつも能書きばかり言って何をやらせても中途半端。
でも愛情だけは細やかで、涙もろい。
そんな寅さんにも一つだけ才能があった。おしゃべりなこと。
祭りの屋台で口上を言わせたら「天下一品」、右に出る者はいない。
実際の健太と寅さんとは大きな隔たりが有るけど、実は出来たら寅さんのような生き方をして見たかった!
まさかこんな風に生きるとは思ってもいなかった。
仕方がない、それは自分の運命。
こうなってしまったからには、不得意な事もやらねばならぬのだ(笑)!

 みんなも知ってると思うけど、人の成功は実力だけでは到底及ばない。
何がなくても「運」がなければ絶対駄目!
「人生全てが、運」なんて言い切る人もいるほど「運」は成功の絶対条件。
だから成功の秘訣は?と問われれば、
1)運を付けなさい 2)政治力を付けなさい 3)実力を付けなさい 
と答えるしかない。

 ここで大切なのは、せっかくこっちに向いた運を見逃さない事。
そしてその運が来たら、しっかり捉まえる!
そいつを捉まえたら、今度は実力が物を言う。

 さて今度は、その運の捉まえ方。一体どうしたら運に出会えるのか、、、、。
健太にはこの世の中には「運」と言う河が有るんだと思う。
この河に行けば比較的「運」をつかむチャンスが多い!
じゃその河は何処に有るのか、、、。

これは釣りと同じでね、
魚のいない河で釣り糸をたれたって駄目に決まってる。
魚のいる河を探すんだ。

 Pホテルの社内的パワーのあり方をよーく考えた。
もちろんトップはホテルのオーナー。そして次にGMと呼ばれる総支配人。次にDOS(営業部長)。この辺に力は集中している。
つまりこの3人の誰かが、「健太をセールス・マネージャーにする !」と言えば誰も文句は言えないのさ。
この3人の目を何とか健太に向けさせる事。
いや実は既に有る程度は健太に彼らの目は向いていた。しかしそれはあくまでも「レストラン・マネージャー」としての事。
そいつを「セールス・マネージャー」として見させなければならない。

 総支配人はオーナーの息子。DOSは、ハワイの4星ホテルのセールスで鳴らしたつわもの。なかなか手ごわい相手だ。
どちらかと言うとこの2人、健太を日本から来たミュージシャン崩れのチンピラとでも思っているようだ。ま、実際実そうなんだけどさ(笑)!

 ある日突然5人のセールス・マネージャのうち一人が他のホテルに引き抜かれて空きができた。
<さーて健太、遂にチャンス到来だ!>

 写真はニューヨークから返って生きたムンヒ。でも残念でした、このとき健太はもう別にガールフレンドがいました(笑)!

 Part I、人と人の心のふれあい!

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  1. 2005/07/14(木) 13:27:53|
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レストランの成績を、20%上げましょう!

 健太のなんちゃって,サクセス・ストーリー Vol.37


 健太はPホテル直営「和食レストラン・S」のマネージャーになった。
ここでレストランの業績さえ上げれば、健太の存在をアピールすることが出来る絶好のチャンス。

 <どうしたらレストランの業績を上げられるのか、、、、>
毎日真剣に考えた。
しかしこいつだけは健太の「なんちゃって精神」だけではどうにもならない大きな問題だった。
売り上げを1%や2%上げたところで誰も振り向いてはくれない。
<よし、売り上げの20%アップを目標にしよう!>
そう健太は決めた!

「僕は今年中に、Sレストランの売り上げを、現在より20%上げます!」
ある日、総支配人はじめマネージメントが全員出席するスタッフ・ミーティングの席で健太は言った。
その言葉にその場が一瞬シーンとした。と、すぐその後皆がやがやと騒ぎ始めた。そしてやがて、それぞれが冷ややかな目を健太を向けた。
わっはっは、、!そりゃそうだ。売り上げ5%上げるのでさえ不可能に近い全マネージャー連中、きっと健太は気が狂ったと思ったに違いない。

 実はそんなんこと言ってはみたものの、何の根拠もありゃしない!
<どうする、どうするんだ健太!!>
しかし健太はあせってはいなかった。。
<ま、なんとかなるさ!>

 朝食は朝6時からなので早番の出勤は5時半。
早番はランチ時間1時間を加えて、9時間拘束される。遅番は2時から夜11時まで。
これだと、早番が終わるのは午後2時半ってことになるけど、実際はそうは行かない。次に出勤してくる遅番のアシスタント・マネージャーに引き継ぐとどうしても4時、5時になってしまう。
レストラン「S」は、ホテルに泊まっている日本人観光客はもとより、ローカルにも大人気。特にランチの和食ブッフェは何時もローカルで溢れる。
健太にとってはレストラン経営の経験があったので、ローカルの扱いも手馴れたもの、何の抵抗もなくすんなり入り込めた。

 ある朝健太が5時半に出勤すると、もう既に5、6人の日本人観光客がミールクーポンを持ってレストランの前に並んでいた。
「お早うございます。皆さん、早いですね!」
「早くあけてよ、サービス悪いわね、あんたの店。ミールクーポンで高いお金ら払ってるんだか、もっと早く店を開けてサービスしてくんなきゃ駄目じゃないお兄さん!」
その中の太目のおばさんが言った。
「もうすぐ開けますから少々お待ちください!」
そう言いながら、ふと今のおばさんの言葉を反芻してみた。
<高いお金、、、、うちは朝食$12、夕食$30しか貰ってないぜ?>

そう心の中で言って気がついた。
<あったぞ! 20%売り上げを上げる方法があった!>

 健太は旅行社で4年以上働いた経験がすでにあった。
そいつがこんなところで生きてくるとは!
20%の売り上げアップは簡単だ。
つまり、
当時、お客さんは日本でミールクーポンを買う時、
朝食で$25、夕食で$50位払っていた。
それなのに旅行社は健太のレストランに、朝食$12、夕食$30しか払ってこない。
旅行社が儲け過ぎてるのさ!
健太があと25%クーポンの値段を上げたって、未だ彼等は儲かる!

 健太は契約更新の際、各旅行社にレターを書いた。
「今年の4月から、ミールクーポンの値段を、朝食$15、夕食$38にします!」
旅行社は何も言って来なかった。
当たり前さ、シェラトン、ヒルトン、ハイヤット、リージェント、皆それ以上の金額を旅行社にに請求してくることを、健太はちゃんと覚えていたんだ。それでもけしって高くはないさ!

 写真は肉体美を誇る、当時の健太。この写真なんだか下のほうから湯気が上がってるみたいだね(笑)!

 Part I、今日は健太のウクレレの話を一寸!

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  1. 2005/07/13(水) 14:47:56|
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最初に習ったのは、社員の首の切り方!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 36

 ホテルで働いて気がついたことは、アメリカ本土から来る人たちはハワイのことを
「とても遠くて、東洋に限りなく近い島」
「一生に一度でもいいから行って見たい、地上の楽園」
と思っている事。だから健太の英語が多少おかしくても「外国に近い場所」なので、別に問題はなかったのさ。ちゃんと向こうで理解しようと努力してくれる。
ましてや、アメリカ以外の国から来る人たちは「国際英語」を喋って来る。
つまり面倒な文法とかを気にしない、完全なブロークン・イングリッシュ。言葉は、自分の意思を相手に伝える手段としか考えていないんだ。

 それからと言うもの、健太のブロークン・イングリッシュに更に磨きが掛かった(笑)!
あれほど怖かった電話の受け答えが毎日楽しくてしょうがない。「今日はこんな熟語を使ってやれ」とか、「こんな単語を使ってやれ」とか、仕事場がまるで実験場。だから今考えると、お客さんの中にはかなり迷惑をしていた人もいたかもしれない(笑)!
でも健太のもとには、帰った宿泊客から沢山の礼状が届いた。喜んでくれた人も沢山いたってことさ!
コンシェルジェの仕事が暇な時は、どんどん自分から目の前にあるフロント・デスクの仕事も手伝ったので、ついでにフロントの仕事まで覚えちゃった。抜け目のない健太でした(笑)!

 楽しいコンシェルジェ・マネージャーも一年で移動を余儀なくされた。
ホテル直営のレストラン・マネージャーがいなくなったので、レストラン経営の経験の有る健太にお鉢が回ってきた。これは大きな出世。
コンシェルジェには健太の休みの日をカバーするアシスタントが2名いた。つまり部下は2人だけ。
そこに行くとレストランには、キッチンに15,6名、表にはウェイトレス、ウェイター、キャッシャー、アシスタント・マネージャーを含んで20人はいた。総勢30名以上の職場のマネージメントをする。
そして更に仕入れや、売り上げ、プロモーションなど全ての責任が掛かってくる

 レストランのマネージャーになるに当たって、健太は「とんでもないセミナー」に強制的に行かされた。セミナーのタイトルは、
「従業員の扱い方」と有るが内容は仰天!

「どうやって従業員を首にするか!」
<なんてこった!!>

 この頃既にコンセルジェで仕事をしながら、ローカル日本語放送でDJを始めていた。日曜日の8PMから夜中12時までの4時間。
カイムキのスタジオやワイキキのサテライトから「健太の、なんちゃってDJ」の始まり始まり!
イヤーこいつがまた楽しいの何の!なんとこいつが5年も続いたんだ。
健太のメインは「健太の、ホノルル・友達の輪」。
これには健太のいろんな友達に毎回出演してもらった。
その頃健太も既にハワイ在住20年、友達も沢山出来ていた。

 写真は仕事帰りの健太、Pホテルで。

 Part I、今日はヨットがいっぱい出ていた!

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  1. 2005/07/12(火) 15:14:49|
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ホテルに入っても英語の分らない健太!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.35

 H社で仕事をしていて一番嬉しかったのは、松竹撮影所時代同期の俳優で仮面ライダーの(キカイダーではありませんでしたので改めました)「藤岡 弘」がH社のお客さんで来てくれた事。
向うもまさかハワイで健太に会えるなんて思っても見なかったらしい。
そういえば書き忘れてるけど、ナイトクラブOやT に出演中は沢山の芸能人が来てくれた。中でも昔健太たちのマネージャーだった、宇崎竜童さんは一時間以上ステージでやってくれて、ローカルの客にめちゃ受けだったのを今でも覚えている。彼ほどの人ならきっと充分アメリカでもやっていけたと思う。

 さて、健太は先輩の勧めでPホテルに勤める事になった。
勤めを替えるに当たって一つだけ自分に言い聞かせた事がある。
<これほど沢山の日本人がワイキキのホテルに泊まっている。ホテルの仕事を覚えれば、絶対に食うには困らない。何でも良いから、出来る限りホテル内の仕事は覚えてしまえ!>

 最初はフロントのコンセルジェ・マネージャーとして入社した。
仕事の内容は、宿泊客のあらゆる質問に答えるのさ。
しかしここで大きな問題がある。そのホテルでは宿泊客の半分が日本人。残りの半分は、アメリカ人、カナダ人、オーストラリア人、ヨーロッパ人、韓国人、その他諸々の人種。
健太の英語は自慢じゃないけど、environmentで覚えた物。つまりブロークン・イングリッシュ(笑)!
マネージャーなんて偉い肩書きはもらった物の、いやはやアメリカのお客さんに失礼な事はしないだろうか、ちゃんと相手の言ってる事が分るだろうか、、、。
<えーいっ、当たって砕けろ!健太得意の「なんちゃって精神」がものを言う!>
健太はそう自分に言い聞かせた。
しかし所詮は全てが「なんちゃって、、」。

 健太の席は、フロント・デスクのすぐ脇。
ガラス製の豪華なデスクにはしゃれた電話機が置いてある。Pホテルではそれまで本格的なコンシェルジェはいなっかったので、健太のためにそのデスクは新しく用意されたのさ。
最初その電話に出るのが怖かった。
一体お客さんの言ってる事がちゃんと分るだろうか、、、。
初めての電話が鳴った!恐る恐る受話器を取る健太。
「Hello,this is concierge Kenta speaking. May I help you?」
「あのーすいませんがー、、、、」
<やれやれ、日本人じゃないか、、、。>ほっとする健太
でも、またすぐ電話が鳴った。
「Hello,this is concierge Kenta speaking. May I help you?」
「ヨボセヨ!」
<あっ、健太の得意な韓国語だ!>

 しかしそれほど世の中は甘くはない。今度は間違いなく英語族からの電話だ!
「Hello,this is concierge Kenta speaking. May I help you?」
「Hi、I haven’t received my xxxxx」
<な、なんだって!>
最初のところはもちろん良く分かった、でも最後のところで何を言ってるか良く聞き取れない。
「I beg your pardon sir ?」
何度聞いてもさっぱりなんだか分らない。
目の前のフロントデスクでは健太のやり取りが手に取るように分る。
いかにも分ったふりをして、そのお客さんの部屋におじゃまする事にした。
新入社員でも肩書きはマネージャー、席を空けるのに誰の咎めも受けない。
客室のドアをノックすると背のひょろっと高い、年寄りの白人が出てきた。
自己紹介をして、もう一度質問の内容を正した。
客は何度も最後の分らない部分を繰り返してくれた。
「マイ・スーツカイス!マイ・スーツカイス!」
「???」
何度言っても理解しない健太に客はいらいらして、奥から自分のバッグを持ってきてそいつを指差して言った。
「One more スーツカイス!」
なーんだ、「スーツケース」のこっちゃないか!
そういえば彼らオーストラリア人はCA「ケ」を「カ」と発音するんだよ!
分っかる訳っきゃないぜ、健太には(笑)!

 その後調査した結果、彼のバッグはバスの中に忘れ去られていたのさ。
健太はバス会社からその「スーツカイス」を受け取ってお客さんのところに届けた。
彼は大喜びで健太に$20のチップをくれた!
<健太、大丈夫だ!誠心誠意物事に当たれば必ず上手く行く!>
たったあれだけの事が健太に大いに自信を与えてくれた事を、今でもはっきり覚えている。

 写真は、パブリックコースの健太。Pホテルに入ってからもゴルフは大いに仕事の役に立った。

  Part I、今日はトム・クルーズノの最新作「War of the World」!

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  1. 2005/07/11(月) 13:08:49|
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健太DJ やらないか?

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 34

 文姫(ムンヒ)は健太の煮え切らない態度に痺れを切らして、ニューヨークへ行ってしまった。ニューヨークに親戚がいたのさ。
健太には彼女を止めることが出来なかった。
結婚だけは何とか避けたかったからだ。
一方仕事はきわめて順調だった。
添乗員をゴルフに連れてゆくというアイディアは徐々に功を奏して行った。
H社に勤めて4年目、会社側も少しは一歯車である健太の存在に気が付き始めてたのだろう、健太にスパーバイザーの辞令が出た。
会社の中の小さなセクションを任されたのさ。
健太も男、この次はマネージャーを目指して頑張ろうと思ったけど、実は仕事の内容にだんだん飽きてきた。
ベルトコンベアに乗った日本からの観光客を、決められた手順でさばいて行く。
この4年間まるで同じことの繰り返し。

 そんなある日、H社を辞めて行った一人の先輩から連絡が入った。
「健太、Pホテルでゲストサービス・マネージャーを探しているけどやってみないか?」
彼は既にPホテルのレストラン・マネージャーをやっていた。
ワイキキのホテルも徐々に日本人観光客の割合が増えて行って、日本語をフルーエントに喋るゲストサービス・マネージャを探していたのさ。

 時をほぼ同じくして、クリ(健太バンドのドラマー)からも連絡が来た。
彼はその後、ロバーツのバス会社でバスのドライバーをして資金を貯めて、ナイトクラブを始めた。
店内で彼はオーナーであると同時にドラマー兼歌手。ワーナー時代の歌を引っ下げて、ナイトクラブは大繁盛。一時はホノルルの夜の名所にまで成ったほどだった。その後店のリース切れと共にクラブビジネスから撤退、アラモアアナのホテル内に和食のレストランをオープン。これも大成功を収めていた。
クリはお笑いのタレントとしても若い頃から抜群のセンスを持っていた。そのタレント性が買われて、レストランビジネスの傍ら、ローカル日本語放送KOHOでDJをやっていたんだ。

「健太、今俺KOHOでDJもやってるんだけど、お前もやってみないか? おしゃべりは得意のお前だからもってこいだと思うんだがなー。実は日曜日のDJが空いてるんだよ今!」

 写真は怒っているムンヒ。ハナウマ湾にて。足がなんとなくセクシーだねー(笑)!

 Part I に行ってみようか?

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  1. 2005/07/10(日) 08:08:09|
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高級車で添乗員さんを迎えに行く健太

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 33

 H社での健太は、自分で言うのもなんだけど良く頑張った。
しかし、一向にその努力が会社には伝わらない。サラリーマンなんてそんなもんさ。

 各旅行社では独自で集客をする自社商品のほかに、サブエージェントからの集客も有った。
サブ・エージェントとは、駅前の「XX旅行社」とか地方の「00新聞旅行社」などが集客して、大手旅行社にに飛行機とかホテルとか全ての手配を委託してくる。つまり大手旅行社にとっては大切なお客さん。
健太は徹底してこのサブエージェントを大切にした。

 たとえば「XX旅行社」とか「00新聞旅行社」がH社当を通してハワイに来たとすると、そこには必ずT/C(Travel Conductor)、つまり添乗員が付いてくる。
添乗員は自分の連れてきたお客さんの世話係。今でこそ添乗員会社があって、そこの派遣添乗員がグループに付くけど、
当時の添乗員は必ずそのサブエージェントの社員だった。
だから添乗員さん達は健太たちのH社にとってはお客さん。

 何とか彼等に「またいつかH社を通してハワイにお客さんを連れてこよう!」と思ってもらいたい。
しかし入社1,2年のぺーぺーの健太には交際費など有るわけもない。
<何とか少ない健太のポケットマネーでかれら添乗員さんに喜んでもらえる方法はないものか、、、、、?>
ある朝お客さんがゴルフツアーに参加するのを見送る添乗員さんが言った。
「ゴルフ、俺もいきてーなー!」
あった、あった!添乗員さんに喜んでもらえる、素晴らしいアイディアが有ったのさ!!

 当時日本ではゴルフはとても高い遊び。一人最低2万円はしたと思う。
しかしハワイでは市営のゴルフ場に行けば、健太たちResident(ハワイ居住者)は平日たった$2でプレーできた。確かNon Residentでも$6ぐらいだったはず。
健太は自分の休みのリクエストをT/Cの滞在にあわせて会社に提出。
添乗員さんをゴルフに誘う計画を立てた。もちろんゴルフ代は健太持ち!
ムンヒにおかず付きの「おむすび」を作らせた。
健太はぼろ車で添乗員さんをホテルまで迎えに行く。
でもこのぼろ車、エンジンがぼろだけど見掛けは小綺麗。車種はコンチネンタル・マークV。当時日本では「やくざ」が好んで乗っていたいわくつきの車さ。つまりぼろ車でも、高級車(笑)!

 高級車をホテルに横付けにして、添乗員さんをゴルフに連れてゆく!
あの頃はまだ、添乗員さんたちの中にはゴルフなんかやったことがない人も沢山いたけど、健太は強引に彼らをコースへ連れだすのさ!
青い空、澄んだ空気。眩いばかりの緑溢れるゴルフコース。太陽をいっぱい浴びながらゴルフボールを追いかける。
そりゃ添乗員さんたちも悪い気はしないさ。
健太だって遊びながらお客さんに喜んでもらえる。まさに一石二鳥だ!

「添乗員さん、ゴルフに行きませんか!」
「えっ?行きたいけど、でも高いからね、、、」
「なーに、健太がおごりますよ!」
「ほ、本当ですか!!」

 添乗員さんの目が輝いた!

 写真は、昔アラワイ運河にあったボートに乗ってる健太。あのアラワイ、マッカレーの橋の袂にはこの「貸しボート」と、ラーメン屋もあったんだよ!すっごく不味いラーメンだったなー(笑)!

 PartI、今日はブランド店の巻き!

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  1. 2005/07/09(土) 13:54:15|
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私ニューヨークに行くわ!

健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.32

 文姫(ムンヒ)の日本語は見る見るうちに上達した。
日本人も韓国人も互いの言葉を学ぶにはそれほど苦労しない。
なぜならば文法がほぼ同じだからだ。
単語さえ覚えてしまえば、取りあえずは話せるようになる。
健太とムンヒの会話は常に韓国語。
この頃になると、ローカル・コリアンぐらい健太の韓国語は上達していた。

 相変わらず健太は「料理」に弱い。
特にこの何年間というもの、韓国料理にどっぷり浸かって来た。
文姫は健太のぼろアパートに来ては、かいがいしく健太のために料理を作ってくれた。
しかし文姫の家庭は厳しく、同棲など論外。
仕事が終わると健太のところに来て、夕食を作っては帰って行った。
健太はもう結婚はしたくなかった。結婚に何の魅力も感じなかった。
一方20歳そこそこの文姫は、健太との関係が深くなればなるほど結婚を望んできた。

 健太の旅行社勤務も2年ほど経った。
日本人観光客は年々増加の一途をたどり、H社の取り扱い人数も増えてきた。
いきおい帰宅も遅くなる。せっかく料理を作って待っていてくれた文姫も徐々にいらだってきていた。
「ケンタ、ナハゴキョロンヘ!(健太、私と結婚して!)」
健太と付き合うようになってから文姫はぐんと綺麗になった。
肌は白く、もともと整った顔立ち。育ちのよさも手伝ってか、品位もあった。
「未だ時期じゃない。もう少し待ってくれ!」
じっと健太を見つめる文姫の目を避けるようにして言った。
「クロム、オンジェハヌンゴヤ?(じゃ何時するの?)」

一向に煮え切らない健太に、ある日たまらなくなった文姫が言った。
「ナヌン、ニューヨークエ、カヨ、、、(私、ニューヨークへ行くわ、、)」
「、、、、」
健太は何もいえなかった。銀行の借金も未だ相当残ってる。
たとえ健太が結婚する気になったとしても、経済的に苦しければ、憎まなくてすむ相手をつい憎んでしまう。そんな互いの行く末は見えている。
こうして互いに惚れたはれたの間は未だ良い。人生は未だ先が長い、何もあせることはないし、結婚だけが男女のあり方とは思わなかった。
しかし文姫にはそれが理解できなかった。と言うより出来るわけがなかったんだ!
  
 写真は当時住んでいた、UHに近いシービュー・アベニューからの景色。家はぼろでも景色は良かった。名前からして、昔ここから海が見えたんだろうね!

 Part I、今日も綺麗な写真が載ってるよ(笑)!


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  1. 2005/07/08(金) 13:42:23|
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立ち直れ健太!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol. 31

 そんな生活をしながらも目標や夢はあった。
<何時の日か必ず、自分の作った曲でレコード(この当時は未だCDはなかった)製作をするんだ!>
その思いは何時も心の奥深くに秘めていた。
時間があれば5線紙を前にギターを抱えていた。
生まれてきた曲はその時の荒れ果てた生活とかけ離れた、メローなイージーリスニングばかり。多分無意識のうちに常に安住の地を求め、心穏やかに暮らしたいと思っていたに違いない。

 <このままではいけない。何とかこんな生活から抜け出そう!>
ある日、当時借金をしていた銀行のマネージャーに面会を求めた。
目的は、支払い期間を長くしても、月々の払いを減らしたかったのさ。
給料は安くても、まともな仕事に着こうと思ったんだ。
マネージャーに一部始終を話した。
健太の説明が終わると、ローカール・ジャパニーズのそのマネージャーは日に焼けた笑顔で健太に手を差し延べて言った。
「健太さん。今のあんたの考え方なら私は心配しません。きっとあなたは立ち直ってきっとしっかりと貴方の未来を築くでしょう!」そう言って彼はその場でリファイナンス・プランを作ってくれた。

 まともな仕事を探し始めた。
あれこれ吟味した結果、やはり旅行社で仕事をすることにした。
その頃からハワイの日本人観光客は増え始めていて、徐々に日本の旅行社がハワイに進出してきていた。
新聞広告で見つけた日本の大手旅行社の面接は見事パスした。
しかし給料は飛びっきり安かった。

 早朝のデパーチャーの送り出しは、健太のぼろアパートを出る時は未だ空には星が出ていた。
また、グループツアーの明日の準備を終えて帰宅すると夜中12時をすぎる事もざら。しかしそんな事はまるで苦にならなかった。
それどころか何の根拠もないのに、素晴らしい未来が有るように思えてならなかった。

 ある休みの日、アラモアナ・ショッピングセンター1階のマックでランチを食べようと店内にはいった。
「ケンタシ!(健太さん!)」隣の席から誰かが声を掛けてきた。
「文姫(ムンヒ)!」
文姫は健太とアンジのレストラン、「J」でウエイトレスをしていた韓国の娘。
久しぶりなので、少し話がはずんだ。
文姫は英語も日本語もだめ。健太はその頃韓国語がだいぶ話せるようになっていた。
あれから彼女はレストラン「J」を辞めて、今日本食レストラン「焼肉東京(現在の、トーダイのある場所)」に勤めていると言う。
健太が日本人である事をもちろん知っている。
それと、アンジとの事も全て知っている。
全てを知りながら文姫が聞いてきた。
「ケンタ、チグム、ホジャソサロ(健太、今独身)?」
上目遣いの悪戯っぽい目つきで言った。
文姫は飛びっきりの美人ではなけど、韓国人にはめずらしく目がパッチリしている。
「ナヌン、チグム、イルボンチベソ、イルヘジャナヨ。クロニカン、ケンタ、ナアンテイルボンマル、カルキョジュセヨ!(私今、日本のレストランで仕事してるでしょ、だから健太、日本語教えてよ!)」

 写真はクイリマで映画の撮影をしていた時、偶然居わせた健太。

 Part I、今日もためになる話やってるよ(笑)!

Kuilima.jpg

  1. 2005/07/07(木) 14:04:56|
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男は拳銃を取り出した!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.30

 パトカーはホノルル警察署内の駐車場まで健太を着けてきた。
車を降りて知らぬ振りをして受付に入ると、順番待ちの列に並んだ。
暫く様子を伺ったけど、ポリスは付いて来ない。
<助かった!>
健太はポケットの中でしっかりと握り締ていたしわくちゃになった$40を出した。

 あの頃の健太は全くツキに見離されていた。
ある夜バーのドアマンをしていると、一人の男が健太に近づいてきた。
店はもう閉まる間際の朝方2時頃だったと思う。ドアの外にはもう人影もなくなっている。
男は髭面で、背は低く痩せていた。何かに怯えるように落ち着きのない目つきで、声を押さえるように言った。
「健太か?」
男の目つきに不吉な予感がした。
そうだと答えると男は強引に健太のシャツの袖を引っ張って駐車場へ向かった。
明かりも殆どない駐車場の片隅で男はポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。暗闇の中でもそれが何で有るか、健太にははっきり分かった。
<ピストルだ!>

 一体何が起ころうとしているのか、見当がつかなかった。
ただ、今自分が甚だ危険な状態にあることは察した。
<あせってはいけない!怖がってもいけない!>
自分に強くそう言い聞かせた記憶が有る。
男は健太の足元をめがけて、2発拳銃を発砲した。地面がかすかに揺れて軽くはじけるような短い音が闇夜に響く。
「正直に言え!」
男は狭い道路を挟んだ向うの倉庫めがけて、更に2発発射した。
健太は動かなかった。いや動けなかった。じっと男を努めてやさしい目つきで見ようとした。
<恐怖心を悟られてはいけない!>もう一度自分にそう言い聞かせた。
足は震えている。
「アンジはどこにいる!」
「知らない。俺たちはとうに分かれているんだ!」
たたみ掛けるように答えた。
男は探るように健太の目を見た。
「アンジが何をしたか知ってるだろう!嘘はお前のためにはならねえ。本当だろうな!」
「本当だ!」
男は健太の襟足を掴んで拳銃を健太の頬に突きつけた。
「嘘をついたって、すぐに分かるこった。万が一お前が嘘をついていたと分れば、こいつがお前の体ん中にぶち込まれるからな、覚悟しておけ!」
男はそう吐き捨てるように言うと、2,3歩後じさりしながら、ゆっくり駐車場から去っていった。

 健太は暫くその場から動けなかった。
拳銃を見たことはあった。しかしまさかこんな事が自分の身に起きるとは想像もしたことがない。
店内に戻ると店の連中は健太が危険な状態にいたことを知っていた。
バーテンダーが言った。
「俺はお前が撃たれたんだと思ったぜ!」
<なんてこった、皆健太の危険な状態を知りつつ誰も助けようとしてくれなかったんだ!>
健太の胸の中に、むなしさが見る見るうちに広がっていった。

 写真は、マルコポーロペントハウスのリビングルームにて。とんまがどこか「おかま」っぽいと言って笑った写真です(笑)!後ろのカウチに健太愛用のエレキギター、リッケンバッカーが立てかけてある。

 Part I、マンゴの話です!

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  1. 2005/07/06(水) 14:19:27|
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お巡りさん、かんべんしてくれ!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.29

 時代はどんどん移り変わって行った。
1970年代中ごろからディスコなるものが流行りだして、ライブのバンドは徐々に必要とされなくなって行った。
更に70年代後半からカラオケも出だして、またもやライブバンドは夜の街角から占め出されてゆく。
ホノルルでもライブバンドが活躍する場所は極限られた場所だけ。ご多分に漏れず健太たちは職を失った。

 その後アンジとは離婚。健太は一人で暮らしていた。
離婚の際、アンジが「ペントハウスを引き継ぎたい!」と言ったのでそのまま全て譲渡した。レストランはアンジが経営することになる。そのかわり健太の出資分を月々健太の銀行に振り込む事で話はついた。もちろん残りの銀行の借財もアンジがレストランを引き受けるので彼女が支払わなければならない。
アンジは噂の男と暫く付き合っていたらしいが、細かい事は分らない。
もうその後彼女とは会いたくもなかったし、会う言われもなかった。
ただ巷の噂では、彼女は「たのもし」と呼ばれる「むじん」を始めて、多くの出資者に借金をしたまま雲隠れしてしまったと言う事だ。
どうやら、最初は順調だったブティック経営が思わしくなくなって、レストラン経営まで圧迫していたらしい。そんな訳で、アンジからの銀行振り込みはある時を境にして、ぴたりと止まってしまった。

 ミミとはあれ以上の進展はない。何かあれば何時でも相談に乗れる互いの良い友達として再出発していた。
それからの健太の生活は悲惨だった。
銀行の借財もアンジが消えたとなると、当然健太のところに集金の手は伸びてくる。
こんな時の男は、まるで「つぶし」が利かない。
新聞の求人欄を見ても、とても毎月自分が食って行った上に銀行の支払いまで出来るほどの給料を払ってくれるところなんてありゃしない。
ポルノムービーの店員、バーのドアマン、少しでも余計に払ってくれる仕事なら何でもやった。

 その時の健太の持ち物と言ったら、ポンコツ車が一台、それに命と同じほど大切なギターとベース・ギター、ギターアンプ。それすら売り飛ばさなければならないかと思った事すら何度もあった。
そのポンコツ車も、ライセンス・プレートの書き換のための$40ドルが払えず、夜中にひっそりと古いライセンス・プレートのまま隠れるようにして運転して仕事場に通った。その上保険料が払えないので、保険もなかった。

 人間一旦ツキに見放されると、とことんどん底へ落ちてゆく。
そんなある日、やっとライセンス・プレート代金の$40が手に入ったので、朝方薄暗いうちにぼろアパーを出た。
当時警察署はヤング・ストリートに有って、そこでライセンス・プレートの書き換えをしてくれた。
後500メートルで警察署。
<やっと晴れて、堂々と昼間車を運転できる!>
あの時の安堵感といったら、とても口では説明できない。
しかしその時、健太の車の後ろに一台の車がぴったりとつけてきた。
バックミラーを覗いた健太の背筋が一瞬にして凍った。
<パトカーだ!>
後ろのパトカーからは健太の車のライセンス・プレートが更新されてない事は一目瞭然。
今払いに行くって言うのに、ここで捕まってたまるもんか!

<かんべんしてくれ、お巡りさん!>


 写真、「新生健太バンド」のギターリスト、ミックと日本から来たファンの娘たち。シェラトンに有った「ディスコ・インフィニティー」の前で。

 Part I、今日は、ハワイ、なんちゃってヒストリーVol.1
です!


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  1. 2005/07/05(火) 13:37:34|
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ミミはマリワナを、、、

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.28
 
 ハワイ島のコハラ地区、ホイント空港に隣接する住民から警察に苦情が殺到した。真夜中に発着する航空機の騒音が原因だ。
当時ハワイのトップ産業には、観光業をはじめとする他の多くの産業を大きく引き離して「マリワナ(マリファナ)」が君臨していた。
特にハワイ島産のマリワナ「コナ・ゴールド」は「エレファント」「タイスティック」等と伍して世界その名を馳せた。
そのハワイ島産のマリワナの運搬にホイント空港が利用されていたのだ。
まさに1970年代のハワイはマリワナの年。
ましてやミュージシャンとは切っても切れないもの。
ニールブレジデル・センターで開催される数々のライブの客席では、必ずと言って良いほどマリワナが回ってくる。
会場全体があの「葉巻の香り」にも似たマリワナの臭い一色になる。今では想像を絶する世界だ。

 健太たちのステージでも演奏中に客席からバッズが回ってくる。演奏中だろうが何だろうが皆すぱすぱとやる。
このマリワナ効果、ミュージシャンにとっては天の恵み。
音感が通常よりはるかに良くなるばかりか、声も普段高すぎて苦しい音が楽に出てしまう。
このマリワナ、一般人もかなり巻き込まれていた。「ハッピー・スモーク」の別名は若者たちのを中心に爆発的に受け入れられていた。理由はセックスに更なる快感をもたらすからだ。
一般的にはマリワナには害がないとされている。
確かに表面的にはそうかも知れない。しかし、後遺症はあると思う。
マリワナを吸ってもいないのに、フラッシュバックのように突然それと同じ状態が体内に起こることがある。
これが運転中に起きたり、何かセンシティブな行動をとっているとき起きるととても危険な状態になる。
決して無害とはいえない。

 ミミはコナ・ゴールドに火をつけ、深く吸った。
室内いっぱいに葉巻っぽいマリワナの香りが充満する。
ミミの両腕が健太の首に巻きついた。切れ長なあやしい目が、じっと健太の目を見つめる。次の瞬間ミミの唇が健太の唇をふさいだ。
健太の口内に微かな煙が流れ込んできた。

 写真はマリワナ。このトップの部分が良質とされている。
 
 
  Part I、今日は虹です。とっても綺麗だよ(笑)!

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  1. 2005/07/04(月) 06:57:15|
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客席にミミの姿を見た!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.27

 「ナイトクラブ・ナポレオン」はカパフルとデート・ストリートの角、現在のスタバの場所にあった。

 コリアン・バンドでベースプレーヤーとしてスタートした健太。
バンドメンバーは韓国から来た3人とローカルのミックス。プレーヤとしては皆一流だった。
サックス・プレーヤー「ゴードン」は、シシリア&カポノと世界ツアーを周った、ローカルではトップクラスのサックス・プレヤー。ギターの「マイク」はフィリピンのギターリストとしてこれまた超一流。
韓国から来た3人、キーボードの「ファン」、ドラムの「キム」、リズムギターの「ユー」、韓国でも彼らは皆有名ミュージシャンだったと聞く。誰もその技術は当時のハワイでもトップクラスだった。

 しかし、クラブに出演するバンドの音楽的水準と客入りは必ずしも正比例しない。
ナポレオンは夜10時から朝4時までオープン。店内は何時も閑散としていた。
それでも金曜日の夜は多少の客が入った。夜中2時過ぎ、コリアンバーが閉まってからそこのホステスたちが客を連れてやってくるんだ。

 ナポレオン出演もそろそろ半年になろうとしたある夜、客席に見覚えのある後ろ姿がチラッと見えた。奥のカウンターの近くなのでステージでプレーしている健太からは、はっきりは見えない。
<ミミ、、、、、?>
その回のステージが終わって健太は客席にミミの姿を求めた。
丁度ステージから死角なっている奥のブーツに紛れもなくミミが2人の韓国の女性と一人のローカルの男とかけていた。
「ミミ!」
「Hi, Kenta long time no see you,,,,」
ミミは健太の目を見ようともせず、ローカルの男に水割りを作りながら言った。
どうやらミミはここで健太に会った事をあまり歓迎していない様子だ。
健太もローカルの男性客の手前、その場はそれだけでその場を立ち去った。

 ミミは結婚して幸せに暮らしているとばかり思っていた。しかしどう考えてもミミは今、コリアンバーでホステスをしているとしか思えない。
複雑な心境だった。
それから少したったある夜、閉店間際のナポレオンにミミが一人でやってきた。

 二人はあの別れの朝を過ごしたイリカイホテルのピアー7に行った。
席もあの時と同じ席。店内もあの時と同じように、コナコーヒーの香りで溢れている。
ミミはこの2年間をまるで感じさせないほど、その透き通るような美しさを保っていた。しかし心なしか痩せて、疲れた様子が伺える。
「健太、私離婚したんです、、、」
健太はそれを聞いても答える言葉が見つからなかった。
「私も生活していかなきゃならないし、健太、気がつたと思うけど今バーで働いてます、、」
健太はミミをじっと見つめてただ頷くばかりだった。

 その頃健太もアンジとうまく行ってなかった。店の借金のことや彼女の浪費癖のことで常にぶつかっていて、離婚話も出始めていた。同じ屋根の下に暮らしていてもまるでコミュニュケーションが無かった。
レストランはアンジに任せっぱなし。レストランの支払いの足らない分をこのバンドの稼ぎで補うはずだった健太も、自分の支払いや小遣いに回わしていた。
アンジはビジネス拡張と称して「ブティック」経営に乗り出していた。
一体どうやって金を工面したのか知らないが、その「ブティック」も繁盛しているようだ。心の中で
<それは良いことだ、、>
とひそかに思っていた。

 ミミが突然言った。
「健太、アンジに男の人の噂があるの知ってる?」
突然のミミの言葉に健太は耳を疑った!
ミミがアンジのことを知っている驚きと、アンジの噂、それは健太にとって強烈なボディーブロウだった。

 写真はナポレオンにベースマンとして出演した健太。

 Part I、今日も良い天気でした。綺麗な空あります(笑)!


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  1. 2005/07/03(日) 10:19:54|
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健太、コリアンバンドでベース弾いて!

 健太のなんちゃって、サクセス・ストーリー Vol.26

 ペントハウスの生活は快適そのもの。
エレベーターに乗っても他の者たちの視線を痛いほど受けながら最上階のボタンを押す。
何だか凄く偉くなったみたいな気分。ユニットは山側だけど。そのマウンティン・ビューは絶景そのもの。
車だってベンツの新車。有頂天の健太。

 しかし良く考えてみれば、所詮借金のうえにのって浮かれているだけ。地に足が着いたもんじゃありゃしない。
日本の男性は大抵財布の紐をワイフに預ける。
健太は一体自分たちのレストランと家計の収支がどうなってるかは殆ど知らなかった。
この辺からして経営者としての素質に欠けている。
というかアンジを全面的に信頼していた。

 ある日アンジが銀行から更に金を借りるから書類にサインをしろと言ってきた。
「えつ、そんな馬鹿な、店だって儲かってるじゃないか!」
「うん、それがねえ、毎月すこしづつ足らないのよ、、、」
健太はいぶかしげに言った。
「一体幾らぐらい足らないんだよ」
「$2000ぐらいかしら、、、、」
確かに、このコンドの支払いやベンツの支払いを考えると決して楽ではないかもし知れない。
「でも、これ以上銀行で借りたらもっと苦しくなるのは目に見えてるじゃないか!」
その頃健太は夜のシフトに店に出て、仲間が来ると飲めや歌えのドンちゃん騒ぎ。
昼間はゴルフ三昧。何れにせよこんな具合じゃレストランの経営者失格だよね。
銀行の書類を見せられたとき、そんな自分に少し反省の気持ちが出てきた。
確かに健太は少し浮かれすぎていたんだ。

 「健太、銀行でお金借りずに済む方法が一つ有るの、、、」
銀行の書類にサインをしなかった健太にアンジがある日言ってきた。
「、、、、、」
「ねえ、健太この窮地を脱出する間だけでもいいから、またバンドやってくれる?」
健太はアンジを睨みつけた。
「ば、馬鹿な、今からバンドだなんて。第一メンバーなんてそんなに簡単に集まらないよ!」
アンジが気まずそうな顔をしながら言った。
「それがね、コリアンのバンドがカパフルの『ナポレオン』に今出てるんだけど、ベースマンがいなくて困ってるの、、、」
「け、健太がコリアンのバンドでデベースを弾くのかよ!」


  写真はコンド・マルコポーロ。健太たちはこのペントハウスを買った。

  Part I も見てください!

20050702092707.jpg

  1. 2005/07/02(土) 13:45:34|
  2. ハワイ|
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